「希々、夜盗に立ち向かおうなんて、二度としてはいけないぞ」
「え、でも。女官が衣を剥がされていたのですよ?」
「そういうときは、まず走って武官を呼びに行け」
「放っておくのですか?」
「夜盗の狙いはほとんどが女たちの持ち物や衣類だ。命まで狙ってはこない」
「じゃあ、私が狙われたらどうするのですか?」
「裳ぬけの空という言葉とおり、衣を残して逃げろ。吾のところへな」
言いながら胸が苦しくなる。
希々が襲われるなど、あってはならない。想像するのも嫌だ。
「朝霧さまが守ってくださるのですか?」
「ああ、この前も最初に駆けつけただろう?」
「はいっ、とっても素敵でした。あっという間にやっつけて」
かわいいやつめ。
「だから、自分で戦おうとなんかするんじゃない」
「はい」
「ただし、灰袋はこれまで通り衣に忍ばせておけよ?」
「え? ダメなのではないのですか?」
「逃げるために必要なときは遠慮なく叩きつけろ」
矛盾している怒りながら頬を膨らませる希々をおいでと呼んだ。
「なんですか?」
「いいから来い」
「嫌です」
捕まえてふざけて。
抱き寄せて。
「希々、結婚なんてだめだぞ。お前はずっと吾だけの女房だ」
「そんな」と言ったきり希々は胸の中でうつむく。
湧き上がるこの気持ちはまだ、言葉にはできない。今はただ側にいてくれさえすれば、それだけで……。
抱きしめながら、ふと思い出した。
希々の父は誰なのだ。
手がかりは、希々の母が持っていた石帯だ。
『あなたの父君のものよ』と渡された形見だという。
石帯は束帯を着たときに身につけ装飾品としての価値も高い。
ときに家宝として扱われる。
飾りに使われる石などの飾りからある程度の身分が推測できるが、希々が持っていた形見の石帯には、最高峰ともいえる白玉が使われている。
持ち主だとすれば、間違いなく身分は高い。
念のため東宮にも見てもらうか……。