皆さんはVHSなるものをご存じだろうか?
 若い読者の方は、知らないと思うので……。

 今ではDVDやブルーレイすら、不要になりつつ感じる。
 僕も動画配信サービスで観ていて、HDDレコーダーに録画すら面倒な時がある。

 いい時代になったなと思う。

 1990年代初頭、時代はVHSで盛り上がっていた。
 自宅で映画を好きな時間に観れるというのが、とても斬新で魅力的な家電だと思った。
 映画が好きだった僕は、レンタルショップが近所の近くにあるというのに、好きなアニメや映画をかりてくることができない。
 なぜならば、肝心のビデオデッキがないからだ。

 もちろん、父親のキャベツの意向である。
 その理由は「勉強しなくなる」「バカになる」
 と根拠のない考えでだ。

 だから、僕たち三兄弟は絶対に生でテレビを見ないと、一生その番組を見逃すことになる。(当時)
 どれだけトイレに行きたくても、CMになるまでテレビから離れない。
 キャベツはビデオがあると勉強しなくなるなんて言うけど。
 兄弟みんなそれに従ってるから、宿題とか受験勉強しなきゃいけないのわかってるのに、観たい番組の時間になると、机から自ずと離れる。
 下手したら30分どころか、1時間はテレビとにらめっこ。

 だから、気がついたら夜の10時までお笑いだとか、アニメを見ていて宿題ができないことは、ざらだった。
 つまり効率が悪い。
 学校の友達なんかに聞くと、「昨日のアニメ? お母さんが録画してくれてるから、週末まとめてみるよ」なんて答えられる。
 クラスでも僕だけがビデオデッキを持っていなかった。もちろん、スーパーファミコンもだ。
 

 それから数年後、父親のキャベツがある日、いきなり「買い物に行くぞ」と言って、近所の家電屋に僕と次男の三太郎を連れていった。
 こういう時、キャベツは絶対目的を言わない。
 なんでかは知らないが。
 最新のブラウン管テレビやビデオデッキが店内に並ぶ。
 三太郎が僕にこう言う。
「なあ幸太郎。もしかしてお父さん、ビデオ買うんじゃないか?」
「まさか……」
 だが、僕も心のそこでは期待していた。

 キャベツはじっとビデオデッキをながめる。
 しばらくすると、店員に声をかけ、「これをくれ」と注文した。
 僕と三太郎は顔を合わせ、互いの手を叩き、人目も気にせず、売り場で踊って喜んだ。

「これで生放送縛りから解放される!」
「映画やアニメがやっとレンタルできる!」

 帰宅して、すぐに母親のレタスに僕たちはこう言った。
「お母さん! うちにビデオが来るよ!」
 興奮気味の僕たちと違い、レタスは冷静に料理をしていた。
「え? なんのこと?」
「お父さんがさっきビデオデッキ買ってくれたよ!」
「ビデオ? ああ、それうちのじゃないわよ」
「どういうこと?」
「お父さん、単身赴任決まったから自分用じゃない?」
「……」

 僕と三太郎は言葉を失った。
 母の言う通り、キャベツは単身赴任が決まり、快適なシングルライフを過ごすため、最新の家電を揃えていた。
 そして一週間後、ビデオデッキは開封されることなく、引っ越し業者が持って行ったのである。

 今、考えると……まあキャベツも男だから、V・エイチ・Sが必要だったのだろう……。

 ああ……理不尽。