「かいくんっ!ほらっ!こっこっち!」

くうが海にむかって走りながらぼくの名前を呼んでいる。

「ちょっとまっ…」

くうを追いかけようとしたとき、ぼくは足を止めた。
ぼくの横をすり抜けて小さな男の子が走ってくうの後を追っている。

「まって!まって!まって!!」

しかし、男の子はくうには追い付かず、くうはどんどん走って言ってしまう。

「まって!まって!まってよ!」

男の子の声がどんどんと大きくなる。

「まって!まって!」

脳に声が響いてくる。

「まって!まって!まって!まって!!」



「はっ!…はぁ…はぁ…」

目が覚めた。
ひどく汗をかいていて、呼吸も荒くなっていた。

「あれは…」

夢の内容はさっぱり理解できなかった。
そのときふと思い出し、カーテンをあけ窓に目を向ける。

窓のはたくさんの雨粒が付いていた。
くうの言葉を思い出す。

『次の晴れた日にっ』

雨は降っているが、図書館に行けばくうはいるかもしれないとぼくは思っていた。
図書館の前に待っていなくても、初めて出会ったあの席に座って、海の本を開き、探している海の写真を眺めているんだろうと。

いつも通り、歯を磨き着替えを済ませ、玄関へと降りてゆく。

傘立ての中から、ビニール傘を一本取り出す。
家のドアをあけると、冷たい風が吹いてきた。
すぐに傘をさし、図書館に向け歩き始める。
雨は少しずつ強くなっているのか、傘に雨が当たる音が増えている。
靴に水がしみてきたのか、足がとても冷たい。

図書館の看板がみえてきて、図書館に近づくとくうがほんとうにいるのか心配になってきて、心が落ち着かない。
すぐそこの角を曲がれば、図書館の入り口が見える。
くうがいることを願いながら角を曲がり、目を先に向ける。

くうの姿はなかった。
雨の日は会えないといわれたから当然かもしれないが、不思議とくうに会いたいと思った。
もしかしたら、もう中に入っててあの本を開いているのではと思い窓に目を向けたが雨粒が邪魔して中が見えなかった。

入り口に向かい、傘を閉じる。
中に入ると、前に注意された司書さんと目が合った。

「こんにちは」

司書さんの笑顔の挨拶に、ぼくは会釈で返した。

雨の影響なのか、ちらほら人がいるのがわかった。
自分のお気に入りの席に向かう。

席にもくうは座っていなかった。
すこし席を眺めてから、机に荷物を置いた。
椅子の後ろの本棚に目を通し"思い出の海"の題名を探す。
前にくうとぼくで一冊ずつ読んでいたから、二冊あるはずだ。

どこにも"思い出の海"の題名は見つからなかった。

「おかしいな…ここら辺に…」

結局見つけることはできなかった。
もしかしたら誰かに二冊とも借りられてしまったのだろうと思うことする。
諦めて、興味のわくミステリー小説を読むことにした。

本を読んでいる途中にも、ぼくの名前を呼びながらくうがくるのではないかと少し期待していたが、もちろんそんなことは起きずただ時間だけが過ぎていき、読んでいた本も読み終えてしまった。


「本日、もうじき閉館になりますのでよろしくお願いします。」

司書の女性の声で、長時間が経過していたことに気が付いた。

「あ、はい、わかりました」
「ありがとうございます」

司書の女性はにっこりと微笑んで戻っていた。
ぼくは、読んでいた本を閉じ本棚へと戻す。
荷物をまとめ、席を立つ。窓に目を向けるとまだ雨は降っていた。
周りにはもう人はほとんどおらず、静かな図書館がより一層静かに感じる。

出口の自動ドアが開くと同時に、すこし雨が顔にかかる。
傘をさし、家へと歩みを進めた。
歩くたびに、水が靴下にじんわりと染みてくる。

くうはなぜ雨の日には会えないのか。なにか特別な事情があるのか。
いくら考えても仕方がないことは分かっていたが、無意識にそんなことばかり考えてしまう。

家に到着した時には、靴下はぐっちょりと濡れていた。
すぐにお風呂や晩飯などをすませ、自室のPCに向かい合う。
検索サイトに『思い出の海 写真集』と検索をかける。
同じ題名の本が多数存在し、多くの検索候補が挙げられたが、ぼくの知る表紙はその中には見つけられなかった。

「なんで、こんなにもみつけられないんだ…」

ここまで見つけることができないと、ほんとうにその写真集が存在するのかすら疑ってしまう。
しかしあのとき、ぼくは自分の手に取り、写真にひかれ、くうと海を探しにいった。
この事実がある以上、ぼくは写真集の存在を信じるしかない。

結局見つけることはできず、今日は寝ることにする。




目を覚ました時から雨音は聞こえていた。体を起こし、窓の外をぼうっと眺めながら、図書館に行くことを考えるが、少し倦怠感を感じ、頭痛すらもある気がする。
しかし、くうがいるかもしれないという考えが頭を離れず、結局行くことにした。

家から傘をさし、すこし早歩きで図書館にすぐ到着したがくうの姿はもちろんなかった。それに加え、今日が図書館が休館日ということを忘れていた。
「休館日」と書かれた看板を確認したぼくは、足早に家へと帰宅した。

帰宅してからすぐに自室に戻り、ベットに寝転んだ。雨で冷えた体を布団が温めてくれる。
寝転んでいたぼくは、気づかぬうちに眠ってしまっていた。



「おまえほんと気持ち悪いんだよ!」
「ほんとだよね!気持ち悪すぎ!」

顔はよく見えないが、長い黒髪を垂らした女子がトイレのような場所で金髪の女子を含めた三人に囲まれている。
誰かが悪口をいうと、周りがケタケタと嘲笑っている。

「ねぇ、お前がこんなに気持ち悪いってことは、お前を生んだ母親も父親も相当気持ち悪いんだろうね!!」

金髪の少女が、黒髪の女子の顔をのぞきこみながらそう叫んだ時だった。
今まで下を向いてうつむいてた女子が、顔をふっと上げ叫んだ。

「お母さんとお父さんの悪口は言わないでよ!!!」

そういって金髪の少女に詰め寄ったが、金髪の少女もひるむことはなく言い返した。

「うるせえな!口答えすんじゃねぇよ!!」

金髪の少女はそう言いながら、黒髪の少女を突き飛ばした。
黒髪の少女は、壁にぶつかり膝から崩れ落ち倒れた。

「もういこ!」

金髪の少女を含めた三人は、黒髪の少女を蹴りつけてからその場を去っていった。
倒れたままの少女は、少しうつむいて動いたかと思えば、涙をぬぐいながら号泣していた。

「あぁ…お母さん…お母さんごめんね…私…もうだめかもしれない…もう耐えられないよ…」




「はっ…」

ここで目を覚ました。

「前にもこんな夢みたような…」

前にみた夢と似ているところが多かったが、やはり夢に出てきたのが誰なのかはいまだに分からないままでいる。
複雑な感情のまま寝転んでいると、扉の外から母親の声がした。

「かい、起きてるのー?ごはんはー?」
「いや、今日はいいや」
「あら、そう」

どうしてもその気にはなれなかった。

窓に打ち付ける雨音を聞きながらまた目を閉じた。