次の海も同県にあったため、移動にはさほど時間はかからなかった。

「かいくんかいくんっ!すごいよっ!!」

くうは相変わらずきゃっきゃとはしゃいでいる。
ぼくは、一日に二回も海に行く経験なんて初めてだったからうまくリアクションできるか心配だったけれども、海を見たとたんにそんな心配は無用だったと気づいた。

すこし太陽の位置が落ちてきており、さっきの海よりも輝きを増している。
まわりには人はあまりおらず、特別な空間のようなそんな気さえした。

くうは相変わらず海を見た途端に砂浜へ走り出した。

「もぉ、そこまでいそがなくても」
「何言ってんの!早くしないと海が逃げちゃうよ!」
「なにいってんだか…」

彼女は冗談を言うのが好き。
ぼくの頭の中に新しい彼女の情報が追加された。

砂浜の貝殻を拾ったり、波打ち際まで行ったりして遊んでいるくうを、ぼくは座って眺めていた。

「もうかいくんもこっち来なよぉ!」
「いや、ぼくは見てるだけでいいよ」
「もぉ、つまんないのぉ」

くうはつまらなそうな顔をしていたが、ふと悪い顔に変わった。

「ふふふ、嫌だというのなら、無理やりにでも来させるものだ!」

そういうとくうは、ぼくのもとへ走り寄ってきてぼくの手をつかんだ。

「え、ちょ、ちょっと!」
「ほらほら!もうあきらめな!」

ぼくは彼女に引っ張られて立ち上がった。
彼女につられて波打ち際まで来ると、くうが靴を脱ぎ始める。

「え、もしかして海入る気?」
「ふふふ」

くうは悪い顔をしながらためらいなく海へと入っていく。

「じゃあかいくん避けないでね!」
「え?え?」

そのときくうはぼくに向かって足で水をかけてきた。

「ちょっと!タンマタンマ!」
「タンマとかありませんー!」

このときすごくびっくりしたが、自然とぼくは笑顔になっていたそんな気がする。


「いやぁ、結構濡れちゃったねぇ」
「だれのせいだと思ってるんですか」
「さぁねぇ」
「さぁねぇって…」
「あ、かいくんそういえば、探してるのはここの海?」

またぼくは本来の目的を忘れていた。

「あ、いや、ここも良いところだとは思うけど、ここでも無さそうだね」

そういうと、くうはわかりやすく落ち込んだ。

「そっかぁぁぁ。かいくんの探している海はどこにあるんだぁぁ」
「なかなか見つけるまでに時間かかりそうだね」
「そうだねぇ」

いつのまにか時間が経っていて、夕日が海に近づいて海が赤く染まりかけていた。
ぼくもくうも並んで砂浜に座り、海を眺めている。

「夕日…きれい…」

何気なくぼくは呟いた。
くうはまだ海を眺めている。

「空が海に太陽を返したんだね」

少し優しげな顔をしてくうがそう言った。面白い表現をするものだなと素直に感じた。

「不思議な表現だね」
「空と海で一日ずつ太陽を交換してるんだよ」
「なんで太陽を交換するの?」
「太陽が、すべての物にとって大事なものだからだよ。みんなを照らすために、みんなを温めるためにね」

くうは、柔らかい包容感のある表情をしている。その顔は、ぼくに言葉では形容しがたい安心感を与えてくれる。

「なるほどね」

くうはたまに、不思議なことをいう。
その発言は、どこか魅力があり違和感がある。
そして彼女の心情を表しているようなそんな気もする。


「ほんとに綺麗だねぇ」

くうは海のほうをむきながら、優しく微笑みながら言った。

「うん、本当に綺麗だ」

ぼくも、海の方へ顔を向けながら返す。
それからはお互いぼんやりと海を眺めていた。

少し経つと、くうが海の方へ指さしながらぼくへ話しかけた。

「かいくん、あれみて」

くうの声は、先ほどとは打って変わってすこし落ち着いていた。
指のさした方向に目を向けると、中型の船が見える。
あまり変わった様子はなく、ぼくには普通の船に見えた。

「あれって、船のこと?」

そう聞きながらくうの顔を見たときに、彼女が悲しげな雰囲気を纏っていることに気が付いた。

「うんうん、船じゃない」
「え、じゃあ」

聞き返すと、くうは一瞬黙ってからいった。

「水平線だよ」

そういわれてからもう一度指のさす方を見ると、たしかに水平線を指していた。

「あ、あぁ、水平線か。綺麗だよね」

くうはすこしだけ微笑んだが、やはりどこか悲しげな雰囲気を含んでいた。

「うん、ほんとうに綺麗」

この間にも日は沈み続け、波の音が絶え間なく聞こえている。
少し間を開けて、くうが続けた。

「私ね、こう思うの。水平線を歩けば、空に行けるのかなって」

突然の発言にぼくは驚いたが、またさっきのようなくうの冗談だろうと思い笑いながら返答した。

「いやいや、水平線を歩くって」

しかし、くうの顔は至って真剣だった。
少しの沈黙が続いた。

くうがにっこりしながら口を開いた。

「そうだよね…変だよねっ、ごめんねっ」

笑ってはいるが、ぼくにはくうが無理に笑ってるようにしか見えなかった。
くうはなにか、ぼくに大事なことを伝えようとしているのではないか。

「いや…ごめん…」
「ううん、いいんだよっ。変なこと言ってるのは自分でも分かってるから」
「でも…」
「ほらほら!そんなことより!もう帰る時間ですよっ!」

さっきの悲しげな顔が嘘だったかのように彼女は笑顔だった。

「わかったよ」

さっきの発言はとても気になるが、あまりくうに気を遣わせたら悪いと思い、わかりやすく笑って見せた。


帰りの電車の中では、疲れていたのか気づいたら眠ってしまっていたから、最寄り駅まではすぐについた。

「かいくん、明日も海についてきてくれるよね?」

前を歩いているくうが聞いてきた。

「どうせぼくには拒否権なんてものはないからね」

彼女は一度決めたらその考えを曲げることはない。
目標の海が見つかるまでぼくを解放することはないだろう。
彼女と海に行くのは嫌ではないけれども。

「ふふっ、よくわかってらっしゃるっ!あ、でもねかいくん」
「ん?」
「もし、明日雨が降ったら」
「雨が降ったら?」
「雨が降ったら、そのときは次晴れた日に図書館に来てほしいの」

たしかに、雨が降ったら海で遊ぶことは難しいし、移動もなにかと大変だが、海を確認する分には雨でも問題はないのではと思った。

「なんで?雨がそんなに嫌だ?」

前を歩くくうに問いかける。
すぐにくうからは返答はなかった。

「んー…なんでだろうね。いまだに雨は嫌なんだ」
「今だに…」

くうの声のトーンは少し落ちている。

「そ、そっか。わかったよ、次の晴れた日ね」
「うん、ありがとう」

ここからはなにも話すことなく歩いていた。

「かいくん、じゃあ私こっちだからっ!かいくんの家は向こうだよねっ」

くうは振り返ってぼくに言う」

「あ、うん」
「じゃあ、今日はここでお別れだねっ」
「そうだね」
「ありがとうっ、楽しかったよっ」
「ぼくも楽しかったよ」
「ふふふっ、じゃあまたねっ。次の晴れた日にっ」
「うん、また」

そういって、彼女はぼくの家とは反対の方へ歩いて行った。
しばらくくうの背中を見送ってから、ぼくも自分の家に向けて歩き出した。


「くう…なんでぼくの家の場所知ってるんだ…?」

くうのことがだんだんと分かっていくうちに、くうについて分からないことが少しづつ増えていくような、不思議な気分だった。


家につき、自分の部屋に入ってからはすぐにPCを開いた。
海について検索をかけるとたくさんの画像が出てきた。
全体的に流すように目を通してみたが、似ているところは多いだけで自分が探している海は見つけられなかった。

ふと窓の外に目を向ける。

「明日…晴れるかな…」

無意識に明日晴れることをぼくは望んでいた。