あれから五カ月が経った。
もうすっかり冬になり、年越しも終えていた。

大学は冬休みに入っており、家でのんびりと過ごすことが多くなっていた。

今日もいつもと同じように、リビングでテレビを見ていた。

「かいー」

母がぼくのことを呼んだ。

「んー」

テレビに顔を向けたまま返事をする。

「未来ちゃん、子供産まれて家に戻ってきてるみたいよっ」
「え、ほんと!」

突然のことに、勢い良く体を起こした。
未来さんとの約束は今でもしっかりと覚えている。
五カ月前に、未来さんがお腹をさすっていた光景が頭に浮かぶ。

「お祝いしに行かなきゃね」
「そうだね」

自室に戻って準備をする。
リビングに戻ると、母はすでに外出の準備を終えていた。

「準備できたの?」
「うん、もういけるよ」
「それじゃ行こうか」

母と共に外に出ると、すこし冷えた空気が肌に触れたが、太陽が優しく暖めてくれていたため、さほど寒くはなかった。

青井さんの家に向かう途中で、母と話す。

「赤ちゃん、女の子だそうよ。未来ちゃんに似てるかな」
「どうだろうね」
「はやく会いたいねぇ」

そんな会話をしていると、青井さんの家にはすぐに到着した。
母が、インターホンを押す。
すぐに、スピーカーがついた。

『はーい』

「青井さん、大野です」

『大野さんねっ!今開けますねっ」

扉があくと、満面の笑みの青井さんが顔を出した。

「大野さんいらっしゃいっ、かいくんもいらっしゃいね!さ、あがってあがって」
「すいませんね、お邪魔しますっ」

母に続きぼくも中に入っていく。

「お邪魔します」

先に廊下を抜けて、リビングに入った母が声をあげた。

「あらぁ、かわいいねぇ」

ぼくも続けてリビングに入ると、未来さんが小さな赤ちゃんを抱いて待っていた。

「かいくん、いらっしゃいっ」

ぼくは笑顔で頭を下げる。

「大野さんも、かいくんもゆっくりしていってねっ」

青井さんがそう言ってくれた。

「抱っこしますか?」

未来さんが母に言っている。

「じゃあ、お願いしちゃおっかな」

母は満面の笑みで返した。

「さぁ、どうぞ」

ゆっくりと、赤ちゃんが未来さんから母の腕の中に抱かれた。

「まだ小っちゃくてかわいいねぇ」

赤ちゃんは未来さんから離れても泣いたりせずに静かに母の目を見つめている。

「すごくおとなしいんだねぇ」
「そうなんですよ、ほとんど泣かなくてっ」
「良い子だねぇ、小さい頃のかいはこんな大人しくなかったんだからぁ」

そう言ってぼくを見てふふふと笑っている。
ぼくが赤ちゃんを抱く母を見ていると、未来さんがぼくに言った。

「かいくんも、抱っこしてくれる?」

正直戸惑った。
初めての経験だった。
今まで、赤ちゃんを抱っこしたことが無かった。
だけど、目の前にいる赤ちゃんはほんとうに愛らしく、かわいかった。

「はい、お願いします」
「ふふっ」

母がゆっくりと未来さんの腕の中に赤ちゃんを返した。
未来さんが優しく抱っこして、ぼくの方へ来た。
その時に、母が尋ねた。

「この子、お名前はなんていうの?」

そう聞かれると、未来さんはとても柔らかい優しい笑顔でいった。



「そらです。青井空。」



その瞬間、ぼくの目から熱いものを感じた。
そら。
この子の名前は、そら。
こらえようとしても、涙はもうこぼれていた。
未来さんは、ぼくを優しく見つめている。

「ごめんなさい…涙が…どうしても…」
「大丈夫。ゆっくりで大丈夫よ」

涙を流しながら、赤ちゃんを腕に抱いた。
赤ちゃんは、とても小さくて、温かい。
涙は止まらなかった。

「あったかい…」

赤ちゃんはぼくの顔を見つめていたが、だんだんと目を閉じていく。

「ふふ、寝ちゃったねっ。かいくんの抱っこが安心したのかなっ」

ぼくは眠ってしまった赤ちゃんを優しく抱きながら、静かにずっと泣いていた。




赤ちゃんの温かさが、ぼくに伝わってくる。

心臓をたたく音も、音は小さくてもしっかりと感じる。一定のリズムで、しっかりと生きている。

呼吸をするたびに、体が浮き沈みする。

ぼくの腕の中には、美しい命がある。

それは、何よりも温かくて、大切で、尊い。

この子はこれからどんな人生を歩むのだろう。

この子が困難に陥った時はぼくが助けよう。

ぼくも、この子にとって大事な存在になろう。

かけがえのない命を慈しんでいこう。

そらちゃんがぼくにしてくれたように。



「もう、忘れたりなんてしないからね」