「あ、来た」
約束ちょうどの時間に、ぼくの家の目の前に軽自動車が止まった。神栖の海までは、月菜さんが車で送ってくれるらしく、陽太も海の写真を撮るために同行するようだ。
「それじゃ、いってきます」
「気をつけていってらっしゃいねぇ」
母親の言葉を背中に受けて家を出た。軽自動車は黄色の可愛らしい色をしていて助手席に陽太が乗っていた。
「かいくんっ、乗って乗ってっ」
助手席側の窓がウィーンと空くと同時に、月菜さんが運転席から声をかけてくれた。陽太もそれと同時にこちらにと手招きをしている。
「ありがとうございます、おじゃまします」
ぼくは後ろの座席にゆっくりと乗り込んだ。車の中は何かの芳香剤のような匂いがした。
「今日も暑いよねぇ」
運転席から振り返って月菜さんがこちらを見る。
「それなのにわざわざ迎えに来てもらっちゃって、ほんとにありがとうございます」
「気にしなくて大丈夫なんだからねっ」
カメラの調整をしている陽太は顔の向きはそのままに口を開いた。
「遠慮しなくていいんだからね」
「うん、ありがとう」
「それじゃ、行きましょうか」
月菜さんの声を合図に、車はゆっくりと動き始めた。
住宅街を抜けると、大通りに出る。大通りをある程度走ると、高速道路の入り口が見えてくる。
「あ、月菜さん。高速代くらいはあとで払わせてください」
ぼくから海に行こうと提案したのにも関わらず、なにもしないというのはさすがに気が引けてしまう。ぼくの言葉に対して、月菜さんはフフフと笑った。
「かいくん、ほんとに遠慮しなくて大丈夫なのよ、それに感謝してるのは私の方なんだから」
ぼくは、月菜さんに感謝されるようなことをした覚えは無いのだが。それでもどうにか少しでもなにかしようと考えていると
「かい、ほんとに気にしなくて大丈夫だからね」
窓の外をぼうっと眺めてる陽太もそう言ってくれた。
「ありがとう。月菜さんもありがとうございます」
ルームミラー越しにみる月菜さんの顔は優しく微笑んでいた。
反対車線の車も早い速度で通り過ぎていく。
周りに広がっていたビルなどはどんどんと減っていき、低い建物が増えてくる。
「そろそろつきそうかな」
一時半間ほどして、高速道路をおりた。電車の中でみた景色とどこか似ているような気もする。同じ場所だから当然のことなのだが。
有料の駐車場に車を駐車し、車をおりた。ここでも駐車代は受け取って貰えなかった。
「向こうの方だね」
月菜さんの案内で海へと向かっていく。海の姿は見えていないが、もうすでに潮の香りが鼻をついている気がする。
「たしか、こっちの方だったような」
話を聞くと、月菜さんは昔来た時の記憶がうっすらとだが残っているらしい。ぼくはあの時は、海に向かうことで頭がいっぱいになっていて、道を気にするなんてことは無かった。月菜さんについていくと、だんだんと道が開けてきた気がすると思うと、潮の香りがより一層強くなった。
「絶対近づいてるね」
横を歩く陽太も、しっかりとカメラを手に携えていつでも撮影ができるようになっている。舗装されてた道にどんどん砂が増えていき、だんだんと完全な砂に変わる。
「ついた」
僕達三人は呆気に取られた。
「すっご…すごいきれい…」
陽太も、あまりの美しさに写真を撮ることを忘れて目を奪われている。
ぼくも、月菜さんもこの海にくるのは2度目だった。それでも、二度目でも、本当に美しいと感じた。眩しいくらいに照らす太陽に手をかざして月菜さんを見る。月菜さんは、水平線の方をじっとみている。
「月菜さん、そらちゃんも嬉しいと思います。」
月菜さんはゆっくりとぼくの方を見つめる。
「仲の良かった月菜さんが、会いに来てくれて、ほんとうに」
それを聞いた月菜さんは、ゆっくりと頷く。
「ほんとうに。ほんとうにきれい。あの時、そらが言ったの。私が知ってる中で一番の海だって。いちばん綺麗な」
月菜さんは少し、涙を流しているが、それは悲しみの涙では無いことがものすごく伝わってくる。すごく清々しく、明るい顔をしている。
「かいくん、ほんとにありがとう」
「ぼくはなにもしてないですよ、月菜さん自身が選んだことですから」
月菜さんはもう一度海の方へ顔を向け、水平線を見つめる。陽太は、少し離れたところで色んな角度から写真を撮影している。
月菜さんが少しづつ海に向かって歩いて近づいていく。ぼくもその背中を追うように、少し後ろを歩いていく。そして、月菜さんがある程度進んだところで止まった。
「かいくん」
名前を呼ばれて、ぼくは立ち止まった。
「はい」
「空と海が繋がってる…あそこの水平線に」
月菜さんはゆっくりと、ゆっくりと腕を上げていく。
「あそこの水平線に、そらはいるんだよ」
そらちゃんの言葉が蘇る。
『水平線を歩けば、空に行けるのかなって』
そらちゃんは、水平線を歩いて空へと向かった。大好きな海から、空へと。
『水平線まで行けば…空を歩ければ…』
そらちゃんの言葉が頭に湧いて出てくる。
なぜだろう。
ぼくの大切な人を奪った海なのに、不思議な程に輝いていて、美しく、愛おしい。
月菜さんは水平線を指さしている。
月菜さんの黒髪が風になびく。
月菜さんの姿が、そらちゃんと重なる。
『きみと水平線をあるけたらな』
ぼくは泣いていた。
そらを想って泣いていた。
ぼくの耳には、ただひたすらに波のうちつける音が響き続ける。
約束ちょうどの時間に、ぼくの家の目の前に軽自動車が止まった。神栖の海までは、月菜さんが車で送ってくれるらしく、陽太も海の写真を撮るために同行するようだ。
「それじゃ、いってきます」
「気をつけていってらっしゃいねぇ」
母親の言葉を背中に受けて家を出た。軽自動車は黄色の可愛らしい色をしていて助手席に陽太が乗っていた。
「かいくんっ、乗って乗ってっ」
助手席側の窓がウィーンと空くと同時に、月菜さんが運転席から声をかけてくれた。陽太もそれと同時にこちらにと手招きをしている。
「ありがとうございます、おじゃまします」
ぼくは後ろの座席にゆっくりと乗り込んだ。車の中は何かの芳香剤のような匂いがした。
「今日も暑いよねぇ」
運転席から振り返って月菜さんがこちらを見る。
「それなのにわざわざ迎えに来てもらっちゃって、ほんとにありがとうございます」
「気にしなくて大丈夫なんだからねっ」
カメラの調整をしている陽太は顔の向きはそのままに口を開いた。
「遠慮しなくていいんだからね」
「うん、ありがとう」
「それじゃ、行きましょうか」
月菜さんの声を合図に、車はゆっくりと動き始めた。
住宅街を抜けると、大通りに出る。大通りをある程度走ると、高速道路の入り口が見えてくる。
「あ、月菜さん。高速代くらいはあとで払わせてください」
ぼくから海に行こうと提案したのにも関わらず、なにもしないというのはさすがに気が引けてしまう。ぼくの言葉に対して、月菜さんはフフフと笑った。
「かいくん、ほんとに遠慮しなくて大丈夫なのよ、それに感謝してるのは私の方なんだから」
ぼくは、月菜さんに感謝されるようなことをした覚えは無いのだが。それでもどうにか少しでもなにかしようと考えていると
「かい、ほんとに気にしなくて大丈夫だからね」
窓の外をぼうっと眺めてる陽太もそう言ってくれた。
「ありがとう。月菜さんもありがとうございます」
ルームミラー越しにみる月菜さんの顔は優しく微笑んでいた。
反対車線の車も早い速度で通り過ぎていく。
周りに広がっていたビルなどはどんどんと減っていき、低い建物が増えてくる。
「そろそろつきそうかな」
一時半間ほどして、高速道路をおりた。電車の中でみた景色とどこか似ているような気もする。同じ場所だから当然のことなのだが。
有料の駐車場に車を駐車し、車をおりた。ここでも駐車代は受け取って貰えなかった。
「向こうの方だね」
月菜さんの案内で海へと向かっていく。海の姿は見えていないが、もうすでに潮の香りが鼻をついている気がする。
「たしか、こっちの方だったような」
話を聞くと、月菜さんは昔来た時の記憶がうっすらとだが残っているらしい。ぼくはあの時は、海に向かうことで頭がいっぱいになっていて、道を気にするなんてことは無かった。月菜さんについていくと、だんだんと道が開けてきた気がすると思うと、潮の香りがより一層強くなった。
「絶対近づいてるね」
横を歩く陽太も、しっかりとカメラを手に携えていつでも撮影ができるようになっている。舗装されてた道にどんどん砂が増えていき、だんだんと完全な砂に変わる。
「ついた」
僕達三人は呆気に取られた。
「すっご…すごいきれい…」
陽太も、あまりの美しさに写真を撮ることを忘れて目を奪われている。
ぼくも、月菜さんもこの海にくるのは2度目だった。それでも、二度目でも、本当に美しいと感じた。眩しいくらいに照らす太陽に手をかざして月菜さんを見る。月菜さんは、水平線の方をじっとみている。
「月菜さん、そらちゃんも嬉しいと思います。」
月菜さんはゆっくりとぼくの方を見つめる。
「仲の良かった月菜さんが、会いに来てくれて、ほんとうに」
それを聞いた月菜さんは、ゆっくりと頷く。
「ほんとうに。ほんとうにきれい。あの時、そらが言ったの。私が知ってる中で一番の海だって。いちばん綺麗な」
月菜さんは少し、涙を流しているが、それは悲しみの涙では無いことがものすごく伝わってくる。すごく清々しく、明るい顔をしている。
「かいくん、ほんとにありがとう」
「ぼくはなにもしてないですよ、月菜さん自身が選んだことですから」
月菜さんはもう一度海の方へ顔を向け、水平線を見つめる。陽太は、少し離れたところで色んな角度から写真を撮影している。
月菜さんが少しづつ海に向かって歩いて近づいていく。ぼくもその背中を追うように、少し後ろを歩いていく。そして、月菜さんがある程度進んだところで止まった。
「かいくん」
名前を呼ばれて、ぼくは立ち止まった。
「はい」
「空と海が繋がってる…あそこの水平線に」
月菜さんはゆっくりと、ゆっくりと腕を上げていく。
「あそこの水平線に、そらはいるんだよ」
そらちゃんの言葉が蘇る。
『水平線を歩けば、空に行けるのかなって』
そらちゃんは、水平線を歩いて空へと向かった。大好きな海から、空へと。
『水平線まで行けば…空を歩ければ…』
そらちゃんの言葉が頭に湧いて出てくる。
なぜだろう。
ぼくの大切な人を奪った海なのに、不思議な程に輝いていて、美しく、愛おしい。
月菜さんは水平線を指さしている。
月菜さんの黒髪が風になびく。
月菜さんの姿が、そらちゃんと重なる。
『きみと水平線をあるけたらな』
ぼくは泣いていた。
そらを想って泣いていた。
ぼくの耳には、ただひたすらに波のうちつける音が響き続ける。