リビングへ降りていくと、母に声をかけられる。
「かい、昨日は変な時間にどうしたの?」
母はぼくが外出していたことに気づいていたようだ。
「あ、いや、ただ散歩してただけ」
「ふーん、珍しい」
昨日のことはそれとなくごまかした。
なるべく深掘りはされないように、すぐに自室に戻る。
時計を確認すると、九時は近づいてた。
神栖の海への経路を調べた画面をスマホに保存して家を出た。
そらちゃんは図書館に来ないかもしれなくても、そらに伝えなければいけないことがたくさんあり、約束の場所に、約束の時間でそらちゃんを待つことしかぼくにはできなかった。そして、"思い出の海"が青井さんの家にあるかもしれないという事実。
このときのぼくは、色々なことが起こっていて、なにを自分はすべきなのかを明白にすることができなかった。
いつも通りの見慣れた道を通って図書館へと向かう。
「今日は未来さんいるのかな…」
そらちゃんというおぼろげな存在を求めているぼくにとって、そらちゃんの姉の未来さんという存在は本当に大きいものだった。
あっという間に図書館に到着し、未来さんと話していたところを眺め、昨日のことを思いだす。
『"思い出の海"はね、そらが自分で撮影した海の写真をまとめたアルバムみたいなものなの』
なぜ"思い出の海"がここの図書館にあったのかはいまだに分からない。
「そらちゃんはやっぱいないか…」
そらちゃんがどこにもいないことを確認した。
また中で本を読んで待ってようと、図書館の入り口に歩き始めたときだった。
「あら、かいくん?」
後ろから聞き覚えのある声で呼び止められた。
足を止め、声の方へ向くと青井さんの姿があった。
「青井…さん…」
「やっぱかいくんだったのねっ、今日は図書館に?」
「あ…はい」
「そうだったのねっ」
慌てて頭を下げたが、この時に前に家にお邪魔した時のことを思い出した。
「あ…青井さん…」
「どうしたの?」
「このまえは…その…突然すいませんでした…」
あの時は、そらちゃんのことしか頭になかった。
顔を上げてみると、青井さんはすごく優しく微笑んでいた。
「そんなこといいのよっ、気にしないでっ」
「はい…」
「それよりもね、かいくんに少し話したいことがあるの。このあとうちで少し時間大丈夫かしら?」
恐らくそらちゃんのことについてだろう思いながら、"思い出の海"のこともあるため、ここは承諾することにした。
「あ、はい…大丈夫です…」
「よかった」
青井さんはにっこりと笑う。
未来さんがいるかもしれないが、"思い出の海"を見れる機会と思い青井さんについていくことにする。
青井さんの家にはあっという間に到着した。
「さあ、あがって」
「はい、お邪魔します」
青井さんの家には前に来たばかりなのに、久しぶりに来たようなそんな感覚だった。
廊下を通り、リビングへと入った。
「いまお茶いれるからね、くつろいでね」
「ありがとうございます」
仏壇には、そらちゃんの遺影が置いてある。
すこし遺影を眺めてから、席についた。
「おまたせしました」
しばらくして青井さんがお茶をぼくの前に置いてくれた。
「ありがとうございます」
青井さんはぼくの目の前に席に座る。
「いきなりごめんねぇ、わざわざ家にまで来てもらっちゃって」
「いえ、ぼくももう一度お邪魔したいと思っていたんです」
「それならよかったっ、それでね、かいくんに話したい事なんだけど」
「はい」
「話したいことというか、聞きたい事なんだけどね」
青井さんはずっとやしい顔をしている。
「かいくん、最近、そらとあったのかな?」
「え…」
聞かれたことはぼくの想像とは違ったものだった。
そして、ぼくがそらちゃんと会ったことに気づいているということにとても驚いた。
「なんで…そのことを…」
青井さんは、少し黙ってからまた口を開いた。
「やっぱり、そうだったんだね。最初はそんなわけないって、そらはもういないんだからって自分に言いつけてたんだけどね、かいくんが」
「ぼくが…?」
「かいくんが、そらのことを「くう」って呼んでたのを聞いて、確信したの」
いまいち理解ができなかった。
なぜ、くうの名前で確信がついたのか。
でも、そらちゃんがくうと名乗っていたのは間違いがない。
「くう…ですか…」
「そう。くうっていう名前はね、かいくんが知ってるはずがない名前なの」
「ぼくが知っているはずがない…?」
「くうっていうのはね、「そら」の空っていう漢字を「くう」ていうように読み方を変えたあだ名みたいなものなんだけど」
ここで、はじめて「そら」と「くう」という名前の繋がりを知ることができた。
「だけどね、くうって呼んでたのは本当に仲が良かった一部の同級生だけだったの」
「一部の…」
「そう、だからあの時まだ小さかったかいくんが知っているはずがなかったの」
「そう…だったんですね…」
だんだんと、そらちゃんのことがわかっていく度に、そらちゃんとの思い出が浮かんでくる。
『ふふっ、わたしは…くうって呼んでっ』
あの時の一瞬の沈黙は、本名の「そら」というか迷っていたのではないかと勝手に思った。
「ぼくは…ぼくは図書館で本を読むのが好きで…あの日もいつもみたいに図書館に言ったんです…。そのときに出会ったのが…くう…そらちゃんなんです…」
青井さんはうんうんと静かにぼくの話を聞いている。
「あのときは…そらちゃんだったなんて…ほんとうに…」
「そらが、かいくんに会いに行ったのかな」
「ぼくに…あいにきてくれた…」
ぼくがそうつぶやいたとき、青井さんが突然立ち上がった。
「そうだ、ちょっと待っててね」
「あ、はい…」
そういうと青井さんは奥の部屋へと入っていった。
しばらくして青井さんが戻ってくると、手に何かを持っている。
「ごめんね、かいくんにこれを」
青井さんが僕の目の前に置いたものをみて声をだした。
「これって!」
「そうなの、昨日娘から連絡があってね、これをかいくんにって」
ぼくの目の前には、表紙に『思い出の海』とペンで書かれたアルバムのようなものが置かれている。
「未来さんが…」
ぼくの体は震えていた。
ずっと探していたもの。
見つからなかったもの。
大事なものが今目の前にある。
「そらがずっと大切に持っていたの。新しい写真を撮ってはここに貼ってね…」
青井さんは少し悲しげな表情を浮かべている。
「やっと…ずっと…ずっと探してたんです…」
涙がこぼれてくる。
最近は泣くことが多い。
「もしかしたら、そらはかいくんにこれを見せたかったのかもね」
手にとると、図書館で見たものとは微妙に違うところがあったが間違いなかった。
「中をみても…大丈夫ですか…?」
青井さんは静かにうなずく。
表紙をめくると、まさに図書館でみたものと同じ写真が貼られていた。
写真の下には、一枚一枚、日付と海の名前が書かれている。
一枚ずつしっかりと見たかったが、それよりもぼくは神栖の海の写真を見たかった。
そらちゃんも眺めていた、あの写真を。
ページを一枚ずつめくっていく。
もうすこしであるはずだ。
そう思い、次のページをめくった瞬間、手が止まった。
「あれ…なんで…」
後のページも見てみるが、やはりそうだ。
神栖の海の写真だけ、貼られていなかった。
写真一枚分のスペースがぽっかりと空いているのだ。
「青井さん…これって…」
「そうなの…そこの写真はがれたのかと思って探してみたけどなかったの」
自分が見落としているだけかと思い、前後のページを確認したがやはりなかった。
「やっぱりなさそうですね…」
少し落ち込みながら、本を閉じた。
写真がなかったことはとても残念だったが、ぼくにはもうひとつ青井さんに聞いておくべきことがあった。
「あ、あの…青井さん…」
「どうしたの?」
ぼくは、そらちゃんのことについてもっと詳しく聞かなければと思っていた。
自分の大切な存在であるそらちゃんのことを。
「その…そらちゃんのこと…母から聞いたんです…」
少し聞くのは怖かった。
青井さんを悲しませるかもしれないから。
だけども、それ以上にしっかりと知っておかなければと思った。
「いじめのこととか…」
青井さんは悲しげな顔をすると思っていたが、そんなことはなく、ぼくにふんわりとやさしい笑みを向けていた。
「そうだね、そらのことちゃんとかいくんには知ってもらった方がいいよね」
「その…失礼なのは重々承知です…だけど…」
「ううん、大丈夫よ」
それから、青井さんはぼくにそらちゃんについてゆっくりと話をしてくれた。
「かい、昨日は変な時間にどうしたの?」
母はぼくが外出していたことに気づいていたようだ。
「あ、いや、ただ散歩してただけ」
「ふーん、珍しい」
昨日のことはそれとなくごまかした。
なるべく深掘りはされないように、すぐに自室に戻る。
時計を確認すると、九時は近づいてた。
神栖の海への経路を調べた画面をスマホに保存して家を出た。
そらちゃんは図書館に来ないかもしれなくても、そらに伝えなければいけないことがたくさんあり、約束の場所に、約束の時間でそらちゃんを待つことしかぼくにはできなかった。そして、"思い出の海"が青井さんの家にあるかもしれないという事実。
このときのぼくは、色々なことが起こっていて、なにを自分はすべきなのかを明白にすることができなかった。
いつも通りの見慣れた道を通って図書館へと向かう。
「今日は未来さんいるのかな…」
そらちゃんというおぼろげな存在を求めているぼくにとって、そらちゃんの姉の未来さんという存在は本当に大きいものだった。
あっという間に図書館に到着し、未来さんと話していたところを眺め、昨日のことを思いだす。
『"思い出の海"はね、そらが自分で撮影した海の写真をまとめたアルバムみたいなものなの』
なぜ"思い出の海"がここの図書館にあったのかはいまだに分からない。
「そらちゃんはやっぱいないか…」
そらちゃんがどこにもいないことを確認した。
また中で本を読んで待ってようと、図書館の入り口に歩き始めたときだった。
「あら、かいくん?」
後ろから聞き覚えのある声で呼び止められた。
足を止め、声の方へ向くと青井さんの姿があった。
「青井…さん…」
「やっぱかいくんだったのねっ、今日は図書館に?」
「あ…はい」
「そうだったのねっ」
慌てて頭を下げたが、この時に前に家にお邪魔した時のことを思い出した。
「あ…青井さん…」
「どうしたの?」
「このまえは…その…突然すいませんでした…」
あの時は、そらちゃんのことしか頭になかった。
顔を上げてみると、青井さんはすごく優しく微笑んでいた。
「そんなこといいのよっ、気にしないでっ」
「はい…」
「それよりもね、かいくんに少し話したいことがあるの。このあとうちで少し時間大丈夫かしら?」
恐らくそらちゃんのことについてだろう思いながら、"思い出の海"のこともあるため、ここは承諾することにした。
「あ、はい…大丈夫です…」
「よかった」
青井さんはにっこりと笑う。
未来さんがいるかもしれないが、"思い出の海"を見れる機会と思い青井さんについていくことにする。
青井さんの家にはあっという間に到着した。
「さあ、あがって」
「はい、お邪魔します」
青井さんの家には前に来たばかりなのに、久しぶりに来たようなそんな感覚だった。
廊下を通り、リビングへと入った。
「いまお茶いれるからね、くつろいでね」
「ありがとうございます」
仏壇には、そらちゃんの遺影が置いてある。
すこし遺影を眺めてから、席についた。
「おまたせしました」
しばらくして青井さんがお茶をぼくの前に置いてくれた。
「ありがとうございます」
青井さんはぼくの目の前に席に座る。
「いきなりごめんねぇ、わざわざ家にまで来てもらっちゃって」
「いえ、ぼくももう一度お邪魔したいと思っていたんです」
「それならよかったっ、それでね、かいくんに話したい事なんだけど」
「はい」
「話したいことというか、聞きたい事なんだけどね」
青井さんはずっとやしい顔をしている。
「かいくん、最近、そらとあったのかな?」
「え…」
聞かれたことはぼくの想像とは違ったものだった。
そして、ぼくがそらちゃんと会ったことに気づいているということにとても驚いた。
「なんで…そのことを…」
青井さんは、少し黙ってからまた口を開いた。
「やっぱり、そうだったんだね。最初はそんなわけないって、そらはもういないんだからって自分に言いつけてたんだけどね、かいくんが」
「ぼくが…?」
「かいくんが、そらのことを「くう」って呼んでたのを聞いて、確信したの」
いまいち理解ができなかった。
なぜ、くうの名前で確信がついたのか。
でも、そらちゃんがくうと名乗っていたのは間違いがない。
「くう…ですか…」
「そう。くうっていう名前はね、かいくんが知ってるはずがない名前なの」
「ぼくが知っているはずがない…?」
「くうっていうのはね、「そら」の空っていう漢字を「くう」ていうように読み方を変えたあだ名みたいなものなんだけど」
ここで、はじめて「そら」と「くう」という名前の繋がりを知ることができた。
「だけどね、くうって呼んでたのは本当に仲が良かった一部の同級生だけだったの」
「一部の…」
「そう、だからあの時まだ小さかったかいくんが知っているはずがなかったの」
「そう…だったんですね…」
だんだんと、そらちゃんのことがわかっていく度に、そらちゃんとの思い出が浮かんでくる。
『ふふっ、わたしは…くうって呼んでっ』
あの時の一瞬の沈黙は、本名の「そら」というか迷っていたのではないかと勝手に思った。
「ぼくは…ぼくは図書館で本を読むのが好きで…あの日もいつもみたいに図書館に言ったんです…。そのときに出会ったのが…くう…そらちゃんなんです…」
青井さんはうんうんと静かにぼくの話を聞いている。
「あのときは…そらちゃんだったなんて…ほんとうに…」
「そらが、かいくんに会いに行ったのかな」
「ぼくに…あいにきてくれた…」
ぼくがそうつぶやいたとき、青井さんが突然立ち上がった。
「そうだ、ちょっと待っててね」
「あ、はい…」
そういうと青井さんは奥の部屋へと入っていった。
しばらくして青井さんが戻ってくると、手に何かを持っている。
「ごめんね、かいくんにこれを」
青井さんが僕の目の前に置いたものをみて声をだした。
「これって!」
「そうなの、昨日娘から連絡があってね、これをかいくんにって」
ぼくの目の前には、表紙に『思い出の海』とペンで書かれたアルバムのようなものが置かれている。
「未来さんが…」
ぼくの体は震えていた。
ずっと探していたもの。
見つからなかったもの。
大事なものが今目の前にある。
「そらがずっと大切に持っていたの。新しい写真を撮ってはここに貼ってね…」
青井さんは少し悲しげな表情を浮かべている。
「やっと…ずっと…ずっと探してたんです…」
涙がこぼれてくる。
最近は泣くことが多い。
「もしかしたら、そらはかいくんにこれを見せたかったのかもね」
手にとると、図書館で見たものとは微妙に違うところがあったが間違いなかった。
「中をみても…大丈夫ですか…?」
青井さんは静かにうなずく。
表紙をめくると、まさに図書館でみたものと同じ写真が貼られていた。
写真の下には、一枚一枚、日付と海の名前が書かれている。
一枚ずつしっかりと見たかったが、それよりもぼくは神栖の海の写真を見たかった。
そらちゃんも眺めていた、あの写真を。
ページを一枚ずつめくっていく。
もうすこしであるはずだ。
そう思い、次のページをめくった瞬間、手が止まった。
「あれ…なんで…」
後のページも見てみるが、やはりそうだ。
神栖の海の写真だけ、貼られていなかった。
写真一枚分のスペースがぽっかりと空いているのだ。
「青井さん…これって…」
「そうなの…そこの写真はがれたのかと思って探してみたけどなかったの」
自分が見落としているだけかと思い、前後のページを確認したがやはりなかった。
「やっぱりなさそうですね…」
少し落ち込みながら、本を閉じた。
写真がなかったことはとても残念だったが、ぼくにはもうひとつ青井さんに聞いておくべきことがあった。
「あ、あの…青井さん…」
「どうしたの?」
ぼくは、そらちゃんのことについてもっと詳しく聞かなければと思っていた。
自分の大切な存在であるそらちゃんのことを。
「その…そらちゃんのこと…母から聞いたんです…」
少し聞くのは怖かった。
青井さんを悲しませるかもしれないから。
だけども、それ以上にしっかりと知っておかなければと思った。
「いじめのこととか…」
青井さんは悲しげな顔をすると思っていたが、そんなことはなく、ぼくにふんわりとやさしい笑みを向けていた。
「そうだね、そらのことちゃんとかいくんには知ってもらった方がいいよね」
「その…失礼なのは重々承知です…だけど…」
「ううん、大丈夫よ」
それから、青井さんはぼくにそらちゃんについてゆっくりと話をしてくれた。