ぼくは青井さんの家を飛び出した。
雨はものすごい強さだったがそんなことは気にならなった。
図書館に向かって全力で走り出した。

くう…くう…。

まだ状況は理解できていなかった。
なぜくうが遺影に映っているのか。
そらという少女は、くうと同一人物ということなのか。
なにかの間違いじゃないのか。
不思議なくらい涙がでてきた。

雨でとっくに靴も服もびしょぬれだが、必死に走った。

いつもならわざわざ避けて通る水たまりも踏んで走った。

いつもなら図書館には歩いてもあっという間につくのに、今日はなぜか走っているのに遠く感じる。

もう一度くうに会わないといけないと直感的に感じた。

そこの角を曲がれば、図書館が。

「なんで雨なんだ…なんで…なんでだよ…」

大事な時に限って雨が降る。ぼくのことを邪魔するかのように。くうとの間に壁を作るみたいに。


図書館の前には誰もいなかった。

ハアハアと息を切らせながら立ちすくむ。

雨の日にくうがいないことは今までも同じだったが、今日は少し違う気がする。

もう、くうには会えないのではと心のどこかで思い始めていた。
ゆっくりと歩き出し図書館へと入っていく。

すれ違った人は全身ぐっしょりと濡れたぼくを見て嫌な顔をしていた。
中に入ると、数人から見られたが気にならない。
ぐっしょりと濡れたぼくをみて、いつもとは違う司書の方が近寄ってきた。

「あの…お客様…その状態ですと…」

ぼくはすいませんと小声でつぶやき、いつもの席に向かう。

あれをみればなにか分かるかもしれない。

司書の方はぼくについてきて、お客様…と言っている。

本棚へ目を向け、上から徐々に視点を落としていく。
お願いだ、あってくれ。と願いながら。

やはり"思い出の海"はどこにも見当たらなかった。
司書の人ならなにか分かるかもと思い、ぼくを心配そうに見ている司書の女性に尋ねてみた。

「すいません…」

突然ぼくが口を開いて司書の女性は驚いていた。

「は…はい…」
「ここに…ここの本棚に…"思い出の海"という写真集のようなものがあったと思うんですけど…いまどこにあるか分かりますか」

司書の女性は少し固まっていたが、慌てて返事をした。

「あ…はい!"思い出の海"という本ですね!ただいまお調べいたしますので少々お待ちください!」

司書はぺこりと一礼すると、急いでカウンターの方へ行った。

"思い出の海"を見ても何も分からないのかもしれないが、とにかく見たかった。
くうと出会ったきっかけの本だから。

しばらくすると司書は戻ってきた。

「お待たせしました…」

すこし顔がうつむいている。

「あの…"思い出の海"という本ですが…こちらの方でお調べしたところ、そのようなタイトルの書籍は…こちらの図書館では扱っておりませんでした…」

司書の言っていることが理解できなかった。
ここに無いわけがないのだ。
ぼくは間違いなくその本でくうと出会い、くうと海を探しに行った。
くうがみていた分と、ぼくの読んでいた分、二冊以上はあるはずなんだ。

「そんなわけない…"思い出の海"ってもう一度調べてください!あるはずです!」

司書は困り果てている。

「タイトルの間違えなどはございませんか…」
「間違っているはずは!…そんなわけ…」

もうなにも分からなくなってしまった。

ここにいても何も分からないと思い、諦めて出口にむかっていった。
司書はぐしょぬれのままのぼくを心配そうに見ている。

図書館をでても、雨は先ほどと変わらず降り続いている。
家の方へ、とぼとぼと歩き始める。
すれ違う人は、傘もささずうつむきながら歩くぼくを不思議そうに見つめながら通り過ぎていく。

青井さんの家の遺影にはそらという女性ではなくくうが写っていて、くうと出会うきっかけの"思い出の海"は存在していないと告げられ。

今までぼくがした、くうに関わることはすべてなんなのか。

夢か、妄想か。

「あぁ…どうなってるんだよ……」

涙が止まらなかった。
なにも信じられなくなりそうだった。

もうほんとうにくうには会えないのかもしれない。
それとも、そもそもぼくは初めからくうとあっていなかったのかもしれない。

今までのくうの言動が頭に蘇る。


『かいくんっ!』

『はやくはやくっ!』

『きみと水平線を歩けたらな…』


「くう…どこにいるんだよ…」

薄暗い空を見上げていった時に寒気と悪寒がしてきて、膝から崩れ落ちた。

「くう…くう…どこに…」

ぼくの大粒の涙は、すべて雨に紛れていく。

だんだんと意識が薄れていく。冷たい地面を皮膚に直に感じ体の震えが止まらなくなってくる。


「おい!なにしてんだ!大丈夫かよ!かい!」

だれだか分からなかったが、どこかで聞いた声だった。

「かい!かい!」