砂浜で、見覚えのない黒髪の少女が髪をなびかせている。
ぼくの少し前で海を見ていて、顔は見えない。
「きみと水平線をあるけたらな」
前を向いたまま彼女がぼくに言う。
沈黙が続いたあと、彼女は海へ向かって歩いていった。
風が一層強くなる。
目の前に、見慣れた天井が広がる。
「夢か…」
セットしていたアラームを解除して、力なく起き上がり、首をすこしさする。
最近は、アラームが鳴る前に起きることがほとんどだ。
溜息をつきながらカーテンを開けると、強い日差しが窓を貫通する。
リビングへと降りてゆき、洗面台へ向かう。
歯を磨き終えたらまた自分の部屋に戻る。
最後に朝食を食べたのはいつだったのかなんて覚えていない。
両親はすでに出勤しているため、家には自分ひとり。
学校には行っておらず、ずっと無意識に生きている。そんな日々ばかり過ごしていた。
そんなぼくにも、唯一の趣味はある。
趣味というか生きがいなのだが、図書館で本を読むことだ。
図書館では、周りのことや自分の事情など考えることなく、静かに本の物語に沈み込むことができる。
なによりも、誰にも邪魔されることが無い。
今日も、もちろん図書館へ行く。
着替えを済ませ、コップに注いだ水を一杯飲みほした。
スマホだけポケットにしまい込み、家をでてカギをかける。
「ふぅ…」
蝉が夏であることを主張するかのように鳴いており、夏の強い日差しが肌を刺す。
額ににじんだ汗をぬぐいながらいつもの道を歩く。
周りには、遅刻しそうなのか走っているサラリーマンや、自転車の後ろに小さな子供を乗せた女性などが通り、自分が学校に行っていないということを再確認させられる。
ぼくは惨めだ。
図書館にはぼくのお気に入りの席がある。
その席は窓際にあり、夏なら陽光がさし、雨天時には雨がうちつける。
そんな物事の流れを眺めながら本を読むのは本当に幸せだ。
図書館に到着してから、いつもの窓際の席に向かった。
平日のはやめの時間の為、いつもなら人がいることはほとんどない。
しかし、今日は違ったみたいだ。
いつもの席に、制服を着た黒髪の同い年ぐらいの女子が、なにか大きな図鑑のようなものを広げている。
「まじか…」
仕方ないと思いながらも、すこし不機嫌になりながら女子の三つ隣の席に腰をかけた。
一度スマホの画面を確認する。通知などが来ることはほとんど無いが。
スマホをポケットにしまい、本棚からよさそうな本を探す。
この本棚の本はほとんど読んだため、見慣れた本ばかり続く。
目線を一番下の段に移したとき、一冊の本に目を奪われた。
“思い出の海”
「こんなの、あったか…?」
手に取ると、以外にも大きく、ずっしりと重かった。
自分の席に戻り、表紙をじっくりと眺める。表紙には大きく、光り輝くどこかの海の写真がある。
美しい海の写真をまとめた写真集のようだった。
ゆっくりと表紙をめくる。
そこには美しいどこかの海の姿があった。
思わず見入ってしまう。
昔から海は好きだった。
毎年夏休みになれば、家族と旅行で海に行くのが楽しみで、仲の良かった年上の女の子と行ったことだってあった。
その子の名前も顔もあまり覚えていないけれども。
もちろん泳ぐのも好きなのだが、砂浜から眺めているのが不思議と好きなのだ。
いまでは海に行くことなど無くなってしまったが。
写真に目を奪われながらも、ゆっくりとページをめくっていく。
海が、日に照らされて美しくキラキラと輝いている。
あるページを開いたとき、ページをめくる手を止めた。
一枚、ぼくの意識をひく写真がそこにはあった。
なにか特別なものが写っていたからではない。
言葉では表せない感情を抱いたのだが、ほかの海と見比べてもさほど違いはない。
しかし、どこか既視感がある。
なぜだろうか、その写真から目を離すことができない。
どこかで見たことがあるような、ないような、それすらも分からない。
そのときだった、誰かがぼくの肩をぽんっと叩いた。
「えっ!」
驚いて思わず声を出してしまう。
「あっ、ごめんねっ、驚かせちゃったかなっ」
声の主は、ぼくのいつもの席に座っていた女子だった。
顔を見ると、品があり、かわいらしい、そんな雰囲気だった。
「な、なんですか…」
突然のことに理解が追い付かないが、おそるおそる聞いた。
「あっ、きみの読んでるこの本!」
彼女は本を指さしながら、笑顔になり答える。
「あ…これがどうかしましたか…?」
「海!好きなのっ?」
彼女は食い気味に聞いてくる。
「あ、い、いやぁ、まぁ…」
「そうなんだっ、私も海大好きなのっ」
彼女は満面の笑みでそう言った。
「ほらっ、あれっ」
そういって彼女が、自分のいた席を指さす。
指の方向に目を向けると、さっきまで彼女が見ていた本が広げられている。
その本をよく見ると、キラキラと光る海がそこにはあった。
そして、その写真は今自分が意識を奪われていた写真と同じものだった。
「え、あれって…」
「うんっ、そうだよっ」
彼女は、ぼくと同じ本を見ていた。
「あっ、急に話しかけてごめんねっ、きみが同じ本見てたから、つい」
「あ、いや、別に…」
「突然なんだけど、きみ、名前はっ?」
彼女は顔を近づけて聞いてくる。
少しドキッとし、赤面した顔を隠すように目をそらしながら答える。
「大野…海です…」
「かい君かっ、かいって漢字でどう書くの?」
「海…です」
写真集の海を指さしながらそう答えた。
「おおっ、海って書いてかい君かっ!素敵な名前だっ」
「ど…どうも…」
「ふふっ、わたしは…くうって呼んでっ」
彼女は一瞬考えたような素振りを見せながら言った。
「くう…さん…」
「呼び捨てでいいよっ」
彼女は笑いながらそう言った。
「あ、そういえばかい君さっ、なんでこの海の写真ばかり眺めてたの?」
ぼくが写真を眺めていたところは彼女に見られていたようだ。
「あ…いや、深い理由はないんですけど、なんか惹かれたというか」
「ほぉ、そかそかっ、なんか不思議だねっ」
彼女がそう言ったと同時に、ポケットの中のスマホが振動した。
「ん?ちょっとごめんなさい…」
ポケットからスマホを取り出し、内容を確認する。
メールは母親からだった。
[言い忘れていたけど、今日夕方頃に宅急便が届くから受け取っておいて]
時間を確認すると14時だった。
「ごめんなさい、ぼく家に帰らなきゃ」
「そっかっ、じゃあ今日はお別れだねっ」
「突然ごめんなさい」
「うんうんっ」
彼女に謝りながら、本を本棚に戻し、荷物をまとめた。
「じゃあ、また」
「うんっ、またねっ」
彼女に別れを告げ、出口に向かっていたとき背後から彼女の声がした。
「かい君っ」
声のほうに振り返ると、彼女が満面の笑みで手を軽く振っている。
「またねっ」
彼女の声に、ぼくは軽く頭を下げた。
図書館をでて、家に向かって歩みを進める。
出口を通り抜けた時窓のほうを見たが、彼女の姿は見えなかった。
家に着いてからは、くうのことはもう既に頭にはなかった。
ただ、もしかしたら明日も図書館で会ってしまうかもしれないとは考えていた。
もし会ってしまったら、そのときはなんとかやり過ごそう。
そう考えながらぼくはベッドへ潜り込んだ。
翌日も、いつもの様に家を出て図書館へ向かっていった。
この日は雨が降っており、すこし図書館の人数はふえるために、くうもいるのではないかと考えていた。
図書館に入る前に、窓へ目を向けたが、昨日くうが座っていた席にはだれもいなかった。
中に入るが、くうの姿はどこにもない。
「今日はいないんだな」
独り言を言って、お気に入りの席へ向かっていった。
昨日の本棚に目を向け、下の段へ視線をずらす。
昨日の海の写真集はどこにも無かったが、この時はあまり気にならなかった。
いつもの様に、気になる本を手に取り、雨の雫がつく窓をぼんやりと見つめながら本を読み進めた。
本を読んでいると、時間の流れなんて気にしないため、あっという間に閉館時間になってしまう。
司書の女性に閉館時間になったことを告げられ、ぼんやりと窓の外を見ながら出口に向かう。
帰り道は、イヤホンを耳につけ好きな曲を流しながら無心で帰る。
家に着いてからも、やることは変わらない。
こんな風にして、ぼくはいつもと変わらない日常を過ごした。
ぼくの少し前で海を見ていて、顔は見えない。
「きみと水平線をあるけたらな」
前を向いたまま彼女がぼくに言う。
沈黙が続いたあと、彼女は海へ向かって歩いていった。
風が一層強くなる。
目の前に、見慣れた天井が広がる。
「夢か…」
セットしていたアラームを解除して、力なく起き上がり、首をすこしさする。
最近は、アラームが鳴る前に起きることがほとんどだ。
溜息をつきながらカーテンを開けると、強い日差しが窓を貫通する。
リビングへと降りてゆき、洗面台へ向かう。
歯を磨き終えたらまた自分の部屋に戻る。
最後に朝食を食べたのはいつだったのかなんて覚えていない。
両親はすでに出勤しているため、家には自分ひとり。
学校には行っておらず、ずっと無意識に生きている。そんな日々ばかり過ごしていた。
そんなぼくにも、唯一の趣味はある。
趣味というか生きがいなのだが、図書館で本を読むことだ。
図書館では、周りのことや自分の事情など考えることなく、静かに本の物語に沈み込むことができる。
なによりも、誰にも邪魔されることが無い。
今日も、もちろん図書館へ行く。
着替えを済ませ、コップに注いだ水を一杯飲みほした。
スマホだけポケットにしまい込み、家をでてカギをかける。
「ふぅ…」
蝉が夏であることを主張するかのように鳴いており、夏の強い日差しが肌を刺す。
額ににじんだ汗をぬぐいながらいつもの道を歩く。
周りには、遅刻しそうなのか走っているサラリーマンや、自転車の後ろに小さな子供を乗せた女性などが通り、自分が学校に行っていないということを再確認させられる。
ぼくは惨めだ。
図書館にはぼくのお気に入りの席がある。
その席は窓際にあり、夏なら陽光がさし、雨天時には雨がうちつける。
そんな物事の流れを眺めながら本を読むのは本当に幸せだ。
図書館に到着してから、いつもの窓際の席に向かった。
平日のはやめの時間の為、いつもなら人がいることはほとんどない。
しかし、今日は違ったみたいだ。
いつもの席に、制服を着た黒髪の同い年ぐらいの女子が、なにか大きな図鑑のようなものを広げている。
「まじか…」
仕方ないと思いながらも、すこし不機嫌になりながら女子の三つ隣の席に腰をかけた。
一度スマホの画面を確認する。通知などが来ることはほとんど無いが。
スマホをポケットにしまい、本棚からよさそうな本を探す。
この本棚の本はほとんど読んだため、見慣れた本ばかり続く。
目線を一番下の段に移したとき、一冊の本に目を奪われた。
“思い出の海”
「こんなの、あったか…?」
手に取ると、以外にも大きく、ずっしりと重かった。
自分の席に戻り、表紙をじっくりと眺める。表紙には大きく、光り輝くどこかの海の写真がある。
美しい海の写真をまとめた写真集のようだった。
ゆっくりと表紙をめくる。
そこには美しいどこかの海の姿があった。
思わず見入ってしまう。
昔から海は好きだった。
毎年夏休みになれば、家族と旅行で海に行くのが楽しみで、仲の良かった年上の女の子と行ったことだってあった。
その子の名前も顔もあまり覚えていないけれども。
もちろん泳ぐのも好きなのだが、砂浜から眺めているのが不思議と好きなのだ。
いまでは海に行くことなど無くなってしまったが。
写真に目を奪われながらも、ゆっくりとページをめくっていく。
海が、日に照らされて美しくキラキラと輝いている。
あるページを開いたとき、ページをめくる手を止めた。
一枚、ぼくの意識をひく写真がそこにはあった。
なにか特別なものが写っていたからではない。
言葉では表せない感情を抱いたのだが、ほかの海と見比べてもさほど違いはない。
しかし、どこか既視感がある。
なぜだろうか、その写真から目を離すことができない。
どこかで見たことがあるような、ないような、それすらも分からない。
そのときだった、誰かがぼくの肩をぽんっと叩いた。
「えっ!」
驚いて思わず声を出してしまう。
「あっ、ごめんねっ、驚かせちゃったかなっ」
声の主は、ぼくのいつもの席に座っていた女子だった。
顔を見ると、品があり、かわいらしい、そんな雰囲気だった。
「な、なんですか…」
突然のことに理解が追い付かないが、おそるおそる聞いた。
「あっ、きみの読んでるこの本!」
彼女は本を指さしながら、笑顔になり答える。
「あ…これがどうかしましたか…?」
「海!好きなのっ?」
彼女は食い気味に聞いてくる。
「あ、い、いやぁ、まぁ…」
「そうなんだっ、私も海大好きなのっ」
彼女は満面の笑みでそう言った。
「ほらっ、あれっ」
そういって彼女が、自分のいた席を指さす。
指の方向に目を向けると、さっきまで彼女が見ていた本が広げられている。
その本をよく見ると、キラキラと光る海がそこにはあった。
そして、その写真は今自分が意識を奪われていた写真と同じものだった。
「え、あれって…」
「うんっ、そうだよっ」
彼女は、ぼくと同じ本を見ていた。
「あっ、急に話しかけてごめんねっ、きみが同じ本見てたから、つい」
「あ、いや、別に…」
「突然なんだけど、きみ、名前はっ?」
彼女は顔を近づけて聞いてくる。
少しドキッとし、赤面した顔を隠すように目をそらしながら答える。
「大野…海です…」
「かい君かっ、かいって漢字でどう書くの?」
「海…です」
写真集の海を指さしながらそう答えた。
「おおっ、海って書いてかい君かっ!素敵な名前だっ」
「ど…どうも…」
「ふふっ、わたしは…くうって呼んでっ」
彼女は一瞬考えたような素振りを見せながら言った。
「くう…さん…」
「呼び捨てでいいよっ」
彼女は笑いながらそう言った。
「あ、そういえばかい君さっ、なんでこの海の写真ばかり眺めてたの?」
ぼくが写真を眺めていたところは彼女に見られていたようだ。
「あ…いや、深い理由はないんですけど、なんか惹かれたというか」
「ほぉ、そかそかっ、なんか不思議だねっ」
彼女がそう言ったと同時に、ポケットの中のスマホが振動した。
「ん?ちょっとごめんなさい…」
ポケットからスマホを取り出し、内容を確認する。
メールは母親からだった。
[言い忘れていたけど、今日夕方頃に宅急便が届くから受け取っておいて]
時間を確認すると14時だった。
「ごめんなさい、ぼく家に帰らなきゃ」
「そっかっ、じゃあ今日はお別れだねっ」
「突然ごめんなさい」
「うんうんっ」
彼女に謝りながら、本を本棚に戻し、荷物をまとめた。
「じゃあ、また」
「うんっ、またねっ」
彼女に別れを告げ、出口に向かっていたとき背後から彼女の声がした。
「かい君っ」
声のほうに振り返ると、彼女が満面の笑みで手を軽く振っている。
「またねっ」
彼女の声に、ぼくは軽く頭を下げた。
図書館をでて、家に向かって歩みを進める。
出口を通り抜けた時窓のほうを見たが、彼女の姿は見えなかった。
家に着いてからは、くうのことはもう既に頭にはなかった。
ただ、もしかしたら明日も図書館で会ってしまうかもしれないとは考えていた。
もし会ってしまったら、そのときはなんとかやり過ごそう。
そう考えながらぼくはベッドへ潜り込んだ。
翌日も、いつもの様に家を出て図書館へ向かっていった。
この日は雨が降っており、すこし図書館の人数はふえるために、くうもいるのではないかと考えていた。
図書館に入る前に、窓へ目を向けたが、昨日くうが座っていた席にはだれもいなかった。
中に入るが、くうの姿はどこにもない。
「今日はいないんだな」
独り言を言って、お気に入りの席へ向かっていった。
昨日の本棚に目を向け、下の段へ視線をずらす。
昨日の海の写真集はどこにも無かったが、この時はあまり気にならなかった。
いつもの様に、気になる本を手に取り、雨の雫がつく窓をぼんやりと見つめながら本を読み進めた。
本を読んでいると、時間の流れなんて気にしないため、あっという間に閉館時間になってしまう。
司書の女性に閉館時間になったことを告げられ、ぼんやりと窓の外を見ながら出口に向かう。
帰り道は、イヤホンを耳につけ好きな曲を流しながら無心で帰る。
家に着いてからも、やることは変わらない。
こんな風にして、ぼくはいつもと変わらない日常を過ごした。