それ故に正式に薬師の診察を受けるのは怖い──妊娠していると確定されたら、一体どうすればいいのか。横になっていても、身体中の血が一気に抜かれたような、強烈な目眩を覚えた。
 そして、思い出さないわけにはいかなかった……ロズリーから聞かされた話と、いつか目にした彼女の様子を。
 彼女はこういうことに関しては非常に現実的で、かなり直接的に物事を語った。フィリカが訓練生になり家を出ることが決まってからは、万が一のことが起こった時の対処法を繰り返し説明した。
 あれほど詳しく知っていたのはロズリー自身に経験があったからなのだと、その時から考えていた。それまでに二度ほど、彼女がひどく体調を崩していた様子を見かけていたからだ。見た当時ははっきりとは分からなかったものの、彼女がそのことを隠したがっているのは雰囲気で察した。だから尋ねたことはなく、確証はない。
 だが十中八九、あの時のロズリーは身ごもっていたのだと思う。そして、二度とも子供は堕ろしてしまった──おそらくは父にも相談せずに。
 産むわけにはいかないと彼女が考えたのは理解できる。けれどたった一人で悩んでそんな決意をすることは、どれほど不安で辛かっただろう。……父は気づいていたのだろうか。
 何も知らなかったはずはないと思う。フィリカが後からではあっても推測できるぐらいの変化だったのだし、そうでなくとも、生活範囲と接する人間の限られた暮らしだったのだから。
 ──気づかれてはいけない、と唐突に思う。
 誰にも、身体の変調を悟られてはいけない。妊娠が発覚してしまったら──疑われただけでもおそらく、職務を続けさせてはもらえないだろう。最悪の場合、除隊処分ということもあり得る。
 ……いや、自分のことはこの際どうでもいい。
 何よりも、相手が誰かということは絶対に隠さなければならない。アディは傭兵で、つまりは、依頼次第でどこの誰の味方になるか分からない人間だ。フィリカも彼も、互いの立場を身の上話以上の事柄としては考えなかったが、軍幹部の方はそうは思わないのではないか。
 軍や国の内情を聞き出すためにアディがフィリカに近づいた、と解釈されかねない。それどころか、考えようによっては、もっと以前から共謀していたのではないかと疑われる可能性もある。
 もしウォルグの行方不明の真相が知られれば、ほぼ確実にそう受け取られるだろう。そうでなくて何故、相手を殺すまでに至るものかと。……あの男が何の目的でフィリカを追ってきたか、正直に話してもおそらく通用しない。ウォルグの行方については何も知らないと、すでに嘘をついてしまっている。