当の本人は、早い段階で監視には気づきながら、特別気にしてはいないらしい。気づいているかも知れないが念のため、と指摘した当初から、同じように言い続けている──曰く、何もしていないのだから気にする必要もないのだと。
 それが事実ではないことは、誰よりも本人が一番よく分かっているはずだ。嘘だと知られれば、非常に面倒になるであろうことも。
 ただでさえ近頃は落ち着かない状勢である。上層部の一部は、殺気立っていると言ってもいいほどだった。国王陛下が、いよいよ危険な容態との噂が広まりつつあるからだ。
 未だ後継者が確定されていない中、どちらを支持するべきかで上の方では論争だの駆け引きだのがあるらしい。
 基本的に軍部は王家に対し忠誠を尽くすものと言われているが、上層部が貴族階級である以上、派閥が分かれるのは避けられない。最高司令官のヒューグス将軍は立場上中立のはずだが、王子の母である亡き側妃とは姻戚に当たると聞く。そして補佐役のクルデール卿とファラガン卿は各々、王子派と王女派の重要人物である。
 しかしそんな状況だからこそ、フィリカへの追及が今の程度で済んでいるとも言えた。イルゼ家がどちらの派に属すかは覚えていないが、どちらであろうと現状では、末息子の失踪調査にだけ労力を割くわけにはいかないだろう。
 ……せめて今からでも、正直に打ち明けてくれれば、上に対して弁解のしようもあるのに。無罪は難しくとも、可能な限り減刑できるよう、弁護方法を考えられなくもないだろう。事情さえ分かれば。
 フィリカが話したがらないのは、噂が事実だから……あるいはそれ以上の何かがあったからなのか。相手が相手だけにそれは最もあり得ることだと考えると、無理矢理に聞き出すことはどうしても酷に思えてくる。詰めが甘いと言われようと、今まで以上の尋ね方はできそうもなかった。
 結局、できるだけ早く彼女が打ち明ける気になってくれるよう、祈ることしかできないのだった──そんな自分を不甲斐ないと思いながらも。



 執務室の扉を閉め、しばらく廊下を歩く。
 周囲にも窓の外にも人の気配がしないのを確認して、フィリカはようやく詰めていた息を吐いた。
 今日は、かかった時間は前より短かっただろうか……いや、この空の暗さからすると同じぐらいか。
 相変わらず、尋問する側もされる側も、口にするのは同じ内容だった──行方不明だった間のことで何か思い出してはいないか、イルゼ副長の失踪については本当に何も知らないのか。中隊長の問いに、フィリカは一貫して否と答える。そのやり取りに、互いが少なからず辟易しているのは、部屋に入って顔を合わせた瞬間に分かった。すでに六度か七度は繰り返されているのだから当然だ。