気づいたにもかかわらず、その後も配慮してやらなかった。今の苦い気分の一因は、先程の自分はさぞかし乱暴だったのではないかと思うからだ。
 ──けれどそれ以上に、彼女を抱くべきではなかったと考える理由がある。
 終わった後も長いこと荒い呼吸を続ける彼女の、暗闇に隠れた表情を想像すると心苦しかった。せめてもと思いながらなるべく優しく顔を拭ってやり、呼吸が少し落ち着いたのを聞いてから、重ねたままだった身体をずらした。
 その直後、ぐったりしていたはずのフィリカが、自分から身体をすり寄せてきたのだ。彼女らしからぬ行動に驚きながらも、アディの腕はその身体を再び抱きしめていた。堪え難いほどの愛おしさに支配されながら。
 彼女を愛していることを、今さらごまかすつもりはなかった。それでも、気づかないままでいたかったとは思う──自分の本心だけでなく、彼女の想いにも。
 フィリカが自分と同じ想いでいることは、抱擁を返してきた時にははっきり分かっていた。そうでなければ、警戒心が強く潔癖な彼女が受け入れるはずがない。
 それに、らしくない振る舞いは先程だけではなかった。最中には深く考えなかったが、時折、彼女はかなり大胆な反応を見せていた気がする──いや、確かにそうだった。初めてだったことは間違いないが、一瞬錯覚しそうになるほど、こちらの行為に激しく応えてくる時が何度かあった。
 この暗闇のせいかとも最初は考えた。アディ自身の行動にも、そういう要因が全くなかったとは言えないかも知れないと、多少は思ったからである。
 ……だが、あの時に感じていた衝動そのものに比べれば、暗闇の影響などはわずかなものだったという思いが、考えれば考えるほどに強まってくる。たとえ火が燃え残っていてフィリカの姿が見える状況だったとしても、ほぼ確実に同じ行動を取っただろう。そして、彼女もやはり拒まなかっただろう。
 同じ想いで求め合った事実を、しかし決して喜べはしなかった。苦さの別の理由、そしてより大きな理由はそこである。
 彼女とは、明日のうちには確実に別れる。
 その後再会するかどうかは分からない──今回のような偶然がまた起きない限り、会える機会はおそらく無い。アディの方から訪ねていくつもりも、居場所を教えるつもりもないからだ。
 想いを確かめ合えても、それ以上どうすることもできない。二人とも、今の生活から離れて生きていく気はないのだから。
 自分と彼女を現在の環境に繋ぎ止めている鎖は、忘れようのない過去に起因するが故に、とても強固だ。それを重荷や苦痛ではなく当然のことと感じている以上、切り離すことはむしろ論外なのである。