部屋からアディが出ていった後、一人になったボロムは再び嘆息をもらした。傍から見たら妙に映るのかも知れないが、未だに「あの坊主」に関しては心底安心することができないでいる。
──山脈とその周辺に広がる、深く広大な森。
森林地帯と呼ばれるその場所に、当時五歳だったアディは、母親に置き去りにされたのだという。
その日の夜にボロムが彼を見つけたのは本当に偶然で、そして幸運なことだった。慣れた者でも油断すると迷うと言われる森の中、子供一人では何日も生きてはいられなかっただろう。
以来十九年間、半ば息子を育てるような気分で、アディの面倒を見てきた。ボロムは今に至るまで妻子を持ったことがなく、それ故に子供の頃から身近に置いてきたアディ及びラグニードは、実子に近い存在とも言える。二人とも、親との縁を断ち切られてしまった子供だった。
性質の違う彼らが、親友という表現を当てはめられる間柄になれたのは、特にアディの為に幸いだったと思っている。ラグニードに関しては、良い意味で柔軟で前向きな本人の性格を長年見ているので、不都合な事態に陥ったとしてもあまり心配にはならない。
だがアディについては、とうに子供とは呼べない年齢になり、傭兵としての能力が充分以上になっても、ふとした時に不安を覚える。彼が抱えているものを理解しきれているとは、十九年経っても思えていないからだ。
アディが親に捨てられた理由──接触した相手の記憶、感情を「視る・聴く」能力。物心ついた時にはすでに使えたと本人は言っていた。
アレイザス東隣の小国・コルゼラウデにおいて、特定の時期に生まれた者に発現すると言われる特殊な〈力〉。その主たる能力と、アディの持つものは酷似している。本人曰く、生まれは別の国だが、母親の先祖がコルゼラウデの出身だったらしい。
通説ではコルゼラウデ国内でしか生まれないはずの能力者だが、実際は違う──本当に稀にだが、国外でも似た力を持って生まれる人間がいることを、ボロムは知っている。そういった人物が古い知り合いにいるからだ。加えて元来、そのような現象に対して、不必要な恐れや畏怖は感じない性質でもあったから、アディも特別扱いはしなかった。