──そしてフィリカも、似たようなことを思っていたのだと、知ってしまった。
彼女が、自分を信用してくれるようになったこと自体は、有難いと思う。だがこういう方向への変化は、本能的に危険なものを感じる──フィリカだけでなく、アディ自身にとっても。
余計なことをそれ以上視ないように、意識を他に逸らさずにいるために支えることに集中するのが、今は精一杯だった。それでもつい、フィリカの顔を視界の隅に入れないではおけない。
そうしていて、彼女の目の縁に髪が貼り付いているのを見つけ、払ってやろうと手を動かしかけた。途端に、頭ががくりとアディの肩から落ちかける。
慌てて支え直した拍子に、胴に回していた右腕が上の方へとずれる。腕に感じられた感触が、普段は奥深くに眠らせているものを唐突に目覚めさせた。
──手も足も他の何もかも、動かすことができなくなった。心臓の鼓動が異様なほど全身に響く。
恐ろしく長く感じた時間の後、ようやく硬直状態から抜け出し、あくまでも慎重に、毛布を巻き付けてやりながらフィリカの身体を横たえる。……彼女が目を覚ます様子はなかった。
極力音を立てず、ゆっくりと後ずさって彼女との距離を空ける。小屋の壁に背中が当たった時、詰めていた息を思いきり吐き出し、次いで吸い込んだ。勢いよく吸い込みすぎたせいでむせてしまい、激しく咳が出そうになるのを、必死で堪えた。
先程、頭に浮かんだことが信じられなかった。
……彼女の胸の、男にはあり得ない柔らかさ。
わずかな感触に過ぎなかったにもかかわらず、その瞬間、腕の中の女が欲しいと──抱きたい、と強く思った。そして同時に、そんなことを考えた自分自身にひどく動揺させられた。
当然ながら、フィリカが女であることを忘れていたわけではない。本人が殊更に女扱いされるのを嫌っているので、そう受け取られそうな言動は避けようと考えているのは確かだ。だが、さらに彼女が望むように、完全に男として扱うのはやはり無理がある。
普通の女のような色気といったものは感じられなくとも、彼女の性質は極めて女性らしいと思うからだ。その強情なほどの意思の強さも、内側に秘めている繊細さも。
そう認識していたはずなのに、何故今さら、不可抗力で胸に触れた程度でこんなにも狼狽するのか。フィリカに──本人は気づいていないだろうとはいえ──申し訳ないと思うのではなく、彼女が欲しくて仕方がない気分になるなど。
……まずいな、と思った。この数日の中で、最も真剣に、心の底から。
先程の衝動が、単なる本能的な欲望なのか、それとも別の感情なのかの判断はできなかった。だがどちらにしても、危険な衝動であることに変わりはない。従えば、確実に彼女を傷つける。
額の冷汗を拭いながら、本気でフィリカとの距離を、余分に置く必要があると考える。
──そうしなければ危険だと、自分を戒めざるを得ない心境になっていた。