「すぐに診てやってくれないか、かなり弱ってるし……たぶん、妊娠してると思う」
 え、と目を丸くしたカジェリンは、しばらく二の句が継げない様子だった。アディの顔と、目を閉じているフィリカの顔を交互に何度も見る。
 「……女の子なの?」

 寝台がある奥の部屋へフィリカを運び込んだ後、終わるまでは表の診察部屋で待っているようにと言われた。入り口から続く広い一室に戻り、目についた椅子に腰を下ろす。ようやく一息はつけたが、決して安心できる心境ではない。
 客観的にはそれほど長い時間ではなかったのだろうが、その時はひたすら、待つことが長く感じられた。夜まで続くような気さえし始めた頃、カジェリンが戻ってくる。唇を引き結び、一見した限りではあらゆる表情を消していた。
 手にした茶碗の飲み物をアディに無言で勧め、自分も座ってから一口二口飲む。ふう、と息を吐いた途端、カジェリンの顔に難しい表情が浮かんだ。
 元から抱いている緊張と不安が、何倍にも膨れ上がってアディを圧倒する。だがどんなことを言われても受け止める覚悟はしていた。歯を食いしばり、相手が何か言うのを待つ。
 「……だいぶ衰弱してはいるけど、命の危険はないはずよ。子供も流れてないと思うわ。ずいぶん意志が強いとしか言いようがないわね、彼女の」
 短くない沈黙の後に発せられたカジェリンの言葉には、信じられないという思いがありありと出ていた。その口調のまま、彼女は続ける。
 「あの身体で、意識が保てていたのも奇跡的だわ。今はもう眠ってるけど」
 「──そうか」
 命に別状はないと聞き、やっと少し安心できた。カジェリンの診断なら間違いないはずだ。
 それでも飲み物には手をつけずにいるアディを見て、十三歳年上の女薬師は難しい表情をいくぶん和らげた。代わりに、気遣わしげな色が目に浮かぶ。
 「ねえ、アディ。今聞いてもいいかしら──彼女の子供の父親は、あなたなの」
 この相手に嘘をつくつもりはないので、間を置かずに頷いた。少しの間、無言でアディの顔をじっと見つめてから、カジェリンはさらに尋ねてくる。
 「……彼女が好きなの?」
 その問いに、無意識に目を逸らす。今度は正直には頷けない心境だった。フィリカへの想いを今さらごまかすつもりも、カジェリンに隠し事をする気も全くない──にもかかわらず、すぐに認めることができなかった。そんな資格が自分にあるのかと、質問された瞬間に思ってしまったからだ。
 答えられないまま逸らした視線を戻すと、カジェリンはひどく痛々しいものを見る目になっていた。……おそらく、自分も同じ表情をしているのだろうと、アディは思った。