驚きのあまり止めることもできないまま、後ろからラグニードはそれを見ていた。アディは、振り返りこちらの顔を見た途端に絶句して目をむき、はっきりと青ざめた。
 だが何故追ってきたのかと問うことも、標的を見逃した説明もすることなく、彼は廊下を猛然と引き返した。
 訳が分からないままに後に続き、塀を乗り越えた屋敷裏手に戻ったが、そこに女兵士はいなかった。アディに頼まれて周辺を探してみたが、姿は見つからなかった。
 ……その時の彼の打ちひしがれようは大変なもので、さらに青白くなった顔色と愕然とした表情は、とんでもないことをしでかしたという気分を、否応なくラグニードに感じさせるほどだった。
 だがともかく、王女を逃がしたからにはそれ以上長居するのは不都合に違いなかった。今度はこちらがアディを促し、負傷して気絶したままの三人に手を貸して、どうにか内部の者に気づかれることなく敷地の外へと脱出した。
 何故アディがあれほど青くなっていたのか、理由を聞けたのは依頼人に首尾を報告し、予想に反して咎められることはほとんどなく済み、契約終了となった後のことである。……あの女兵士は、彼の子供を宿しているらしいというのだった。
 経緯を簡潔に説明されても、にわかには信じられなかった。短期間でアディがそこまでの関係に陥るとは──商売女との、身体だけの関係になることすらめったにないというのに。
 だが彼だからこそ、そういうこともあり得ないわけではないとも、続けて思った。情がないわけではなく、むしろ人一倍であるのを通常は抑えつけているのを知っているから。
 だから、アディの後悔の理由に、結果的に自分が関わったことについては、申し訳なく思った。
 それ故に、契約違反については誰にも──ボロムにさえ未だ報告せずにいる。そのことには触れず、だが他の事情は正直に説明した上で、戻るのが遅れると書いた手紙を集落に届けるよう、この町にいる連絡員の一人に頼んだ。そして、アディの願いを聞き入れ、女兵士があの後どうなったのかをあちこち嗅ぎ回り、今日の次第となったわけである。
 ……ちなみに、話を聞いた牢番の男は、件の女兵士の容疑について見解を様々に述べたのだったが、それはアディには今後も黙っておくつもりでいる。彼が聞いたら逆上しかねないような、想像力逞しい内容だったからだ。
 アディは話の中で、王女を逃がした理由については言葉を濁した。ただ、若い女を酷い目に遭わせたくはなかったのだという。ちらりと見かけただけではあったが、王女は確かに初々しいほどに若くて、しかもそれなりの美人だった──少し、あの女兵士に似ていたような気もする。
 故に、彼の行動の理由はそこにあるのだろうという推測はしていた。だがそうでなかったとしても、あの娘に危害が加えられると考えるのは、あまり愉快なことでないのは確かだ。もし実際に関わってしまったら、後々の夢見が悪くなるようにさえ思う。エイミア・ライ王女には、一目見ただけの自分にもそう感じさせるだけの雰囲気があった。