朝を知らせる鐘がやわらかく響く。
段々と覚醒してきた感覚に愛しい人の寝息が聞こえてくる。
ゆったりとした休日の朝、起きてしまうのはなんだか惜しくて微睡んでいるとふと隣の彼女が目を覚ました。
「おはよう」
声をかけるとまだ寝ぼけた声が返ってくる。
フランス郊外にあるこの地に越してきて早数年。
改めて感じる幸せを噛み締めつつゆったりと起き準備を始める。
天気も良いしこんな日は2人で市場に行くのもいいかもしれない。
「ねぇ、ゆうか。今日は朝ごはん市場で食べない?」
「うん!そーしよ!」
問いかけに返ってくる少し幼い素の彼女に思わず頬が緩む。
「ふふっ、じゃあ用意しよっか」
ゆうかも起きて2人、のんびりと準備を始める。
普段は忙しい2人だ。こんな優雅な休日もたまにはいいかもしれない。
少し浮かれながら準備を済ませ、住んでいる少し古めのアパートに鍵をかける。
「今日は天気がいいねぇ!」
ふんわりと笑いかけるゆうかとそんなくだらないな話をしながら目的の市場へと向かう。
実際今日は本当に天気がいい。穏やかに晴れた空は目の前の愛しい人とこの空間を暖かく照らす。
2人のんびり歩いていると、段々と人通りが増え活気づいてくる。

ボーーー

ちょうど市場に着いた頃。鳴り響いた汽笛の音に一瞬収まったざわめきが段々と戻っていく。
果物に野菜、魚やパン、更には雑貨まで売っている市場には色んな人がいてとても賑やかだ。新鮮な野菜を売り込んでいるふくよかな女性に隣の店と対抗しているおじさん、値切り交渉をしているおばちゃんや優しい顔で雑貨を売ってるおじいさん。みんな明るい顔をしていて、まるで映画のワンシーンのように買い物を楽しんでいる。
「やぁ、2人とも。今日はいい天気だね!」
近所のおじさんが声を掛ける。
「おはよう!本当、いい天気ね」
「2人で市場デートかい?お熱いこった!」
このおじさんは私たちの関係を知っていて時々こうやって冷やかしてくる。日本のように偏見はないしいいひとだけれど少しこそばゆい。
「ええ、そんなところよ。久しぶりに市場で朝ごはんを食べようと思って」
大人びていて落ち着いた、朝とは全然雰囲気の違うゆうかが応える。
「おじゃまするのも悪いしな、俺は退散するよ
楽しめよ!」
「ありがとう!おじさんもいい買い物を」
周りに人はいるものの2人になった私たちは買い物を続けた。
これ美味しそう、とかあれも良さそう、とか話しながらパンやフルーツ、新鮮な魚介料理を買い込んで公園のベンチに座った。郊外で都心に比べれば不便な部分もあるけれど、いい人達が沢山いて景色が綺麗なここは私たちにとって大切な場所だ。
小さな子供が遊んでいるのを眺めながら買ってきたもの達を食べる。2人で話しながらのんびりと食べる朝食は休日の醍醐味だ。
のんびりと食べ終わった私たちは片付けたあとまた市場に戻り雑貨や食材を見て回った。
オシャレなマグネットを見つけて2人で迷ったり、果物を選んだり。1時間近くかけてゆっくりと買い物を楽しんで帰路に着いた。
「いい買い物できたね!」
「そうだね」
数時間前来た時よりも増えた荷物達を持ちながら笑いながら帰る道。
ここに来て数年、慣れない土地で今も悩みはあるし大変な事もあるけれど2人堂々と一緒に暮らして笑い合えるこの日々をもっとずっと積み重ねていきたい、彼女の笑顔にそう願った。