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雉喰い退治で嵐のようだった一夜が明けました。
次の試練の地へ向かうための旅支度を整えていたわたし達の元へ、君影さまと雉のお姉さま方がやって来ました。
今は鳥ではなく、人に変化した姿。君影さまの傍らには、三宝に乗った黒い棒状の、不思議な品がありました。
「早苗様。お使い様。昨夜はよくお休みになられましたでしょうか?
雉喰いの抜け殻で作った、第一の試練達成の証である“宝”をお持ちいたしました。」
そう言い、三宝をこちらへ差し出します。
黒い棒状の小物。艶やかな漆塗りの表面に、虹色の美しい螺鈿細工が施されています。光を幾重にも反射して、まるで螺鈿自体が発光しているかのよう。
「わあ、素敵…。でも、この螺鈿ってもしかして…。」
「はい。雉喰いの貝殻の螺鈿でございます。」
わたしの予感は当たりました。
殻の内部に入った時、眩いばかりの虹色の輝きを放っていたのが印象的でした。実際、螺鈿細工に生まれ変わったそれは、普通の螺鈿とは比べ物にならないくらい、繊細な輝きを放っていました。
「雉子の竹藪の宝。螺鈿の懐剣でございます。
どうぞ早苗様。お納めくださいませ。」
きらきらと輝く、小さな懐剣。
わたしはおっかなびっくりな手つきで、それを受け取ります。
懐剣というくらいですから、よくよく見れば刀を納める溝がある…。
少し力を入れてみれば、簡単に鞘から刀部分を引き抜くことが出来ました。
「まあ……!」
刃もまた、虹色の輝きを放っていました。
どうやら鉄ではなく、螺鈿細工と同じく、雉喰いの殻で出来ているようなのです。
「護りのまじないがこもった貝殻だ。早苗さんの心強い護身刀になるだろう。」
仁雷さまの言葉に続いて、君影さまがこう言います。
「覚えていてくださいませ、早苗様。
これは、“貴女の決意を守る”懐剣でございます。決して肌身離さず、お持ちくださいませ。」
「…決意を、守る…?」
わたしは刃の輝きをじっと見つめます。
決意を守るとは、どういうことかしら。
刀である以上、誰かを傷付ける場合があるかもしれない、ということ…?
そんな場面は訪れて欲しくありませんが、何にせよ、最初の試練達成の証には変わらない。わたしは懐剣を、大切に帯に差します。
「ありがとうございます、君影さま。
皆さまも、お世話になりました。」
雉の皆さまに向かって、わたしは深く頭を下げます。
不思議な感覚。わたしは一歩一歩、確実に死に向かっているはずなのに、今わたしの胸の内には…達成感や安堵感が満ちているのです。
ーーー狗神さま…。あなたさまは、なぜ犬居の娘達に試練を課すのでしょう…?
この旅の中に、答えがあるのかしら。
「早苗さん、次の行き先は南方に位置する、狒々の池泉だ。また遠い道程だから、早速出発しよう。」
「あっ、はい、仁雷さま!」
雉の皆さまに見送られ、わたし達は雉子亭を後にします。
豪奢なお部屋、絶品のお料理、素晴らしい温泉、優しい方々…。どれをとっても、夢のような時間でした。
「仁雷さま、義嵐さま。
これでもう雉の皆さまは、雉喰いの脅威に怯えることは無くなるのですよね…?」
「……早苗さん。
残念だが雉喰いはまた現れる。」
それ以上は言いづらそうに視線を逸らす仁雷さまに代わり、義嵐さまが答えを語ります。
「雉喰いが、何の妖怪か分かるかな?」
「え…?」
わたしは嫌々ながら、昨夜の雉喰いの姿を思い起こします。
頭から突き出した角。ぬめぬめとした粘液。這うような動きに、大きな大きな貝殻。思い当たる生き物がひとつだけありました。
「か、蝸牛、でしょうか…?」
「そう。蝸牛さ。
そして雉は生きるために、小さな虫や“蝸牛を食べる”。
彼らが蝸牛を喰らえば喰らうほど、蝸牛の無念は募り、やがて妖怪となって、仇である雉に復讐する。
…そんな終わりのない命の奪い合いを繰り返してんだ。大昔からずっとね。」
「そんな……。」
言葉もありませんでした。
危険に晒されながら、やっとの思いで退治できたというのに。
あんなに恐ろしい妖怪がまた現れる。
そうか。だから“毎回”犬居の娘達に、雉喰い退治の試練を課すことができる…。
「雉の皆さまは、竹藪から出ることは叶わないのですか…?」
「それは出来ない。この竹藪から一歩たりとも出ないことが、大昔から続く狗神様との約束だから。
彼らは狗神様の力に依存しているし、恩義もある。狗神様も彼らを解放したりはしない。それが、大昔から続いてきた風習なのさ。」
“大昔から続いているから”。
その言葉は、わたしの中に違和感として残ります。
「早苗さんが気にすることじゃないよ。
貴女の目的は、三つの試練を達成して巡礼を無事に終えること!
おれ達二人の目的も同じさ。」
義嵐さまはそう明るく言うと、行きと同じように、先導して竹藪を歩き始めました。
これ以上は答えたくない、という風にも聞こえます。
「………狗神さま…。」
気にしなくていい。
そうは言われても、わたしの中で疑問の種が芽吹き始めていたのです…。