小学生の頃初めてできた友達が芽依だった。ちょっと静かめで口数が少ない子だったけど、芽依と一緒にいるといつも謎の安心感に包まれているようだった。だから芽依が悠花って子にひどい事を言われて絶交した事を知って、どうしようもなく怒りが湧いてきたのだ。自然に涙が出ていた。あの時私は、とても重大な秘密を打ち明けてもらえたような気がして図に乗っていたのだと思う。私にしか話さない事なんだと思って鼻が高くて、芽依の友達は私しかいないんだと思い込んでいた。私が何かしなくちゃ、そう高ぶる感情のまま復讐計画を立てた。まず、クラスの中心的な立場にいる桜と仲良くなり、多くの人をこちらの味方につける。そして、悠花へのいじめを実行してもらう。我ながらいい案だと思った。絶対に、私の大好きな芽依をいじめた悠花と言う子を懲らしめてやりたいと意気込んだ。それが、あの夕焼けが見られる丘で芽依と話した後の出来事だった。
次の日から、私は行動し始めた。まず、桜と距離を縮めるところから。今までなんの接点もなかったため、話しかけるのには多少の勇気がいった。でも、桜と話すようになって次第に仲良くなると私自身純粋に楽しかった。桜は、天真爛漫な女の子で友達のことを一番に考えている。特に、幼い頃から親友だという奈菜ちゃんへの愛は誰にも負けない。桜の隣には常に奈菜ちゃんがいた。奈菜ちゃんは家がかなりのお金持ちらしくて、身につけている洋服はいつも高級そうな英語のロゴが刺繍されていたり、職人が作ったような和風のアイテムだったりした。そんな二人を見ているとこちらまでほっこりしてきて、ついには作戦を忘れて遊びに加わっていることもあった。
もう完全に私と芽依がスクールカーストの頂点に上り詰めた頃、私たちは高学年になっていた。ここで私は何年か積み上げてきた友情を盾に、悠花へのいじめの件を話す。
「桜、ちょっといい?」
休み時間に桜を人気のない廊下へ呼び出した。私の心臓は大きな音を立てて振動を繰り返している。
「何?」
「あのさ、隣のクラスの悠花って子知ってる?」
「うん、家の人が社長なんでしょ。美人だっていつも噂されてるよね。」
桜は彼女のことを特になんとも思っていないようだった。
「その悠花って子が芽依にひどい事を言ったんだって。それで芽依は傷ついて絶交したってことを芽依に聞いたの。最低でしょ?」
「それ本当なの?」
桜は疑うような視線を向けてきた。それで初めて、明確な根拠がないことに気がついた。でも、今からなかったことにはできない。私は芽依を信じる事にする。
「うん、この前芽依から直接聞いたの。だから、悠花って子を懲らしめたいの。」
「いいね、その子に分からせてあげよう。芽依がどれだけ傷ついたかってことを。」
それから、桜は悠花のことをいじめるようになり奈菜ちゃんも加わった時には悠花の心と体はボロボロになっている気がした。
長い間祈願していた芽依を助けるための策は成功したのだ。芽依をさぞ、喜んでいるだろう。そんな時ふと我に返った。私はなんのためにこんな事をしたのだろう。悠花は今、不登校になっている。かれこれ三ヶ月以上学校に来ていない。側から見れば、私は部外者なはず。元は悠花と芽依二人の喧嘩が原因で起こったことで、私が首を突っ込む必要はなかったのではと思うことが度々あった。その度に、その感情は無かった事にして自分はよくやったと強引に思考を変えた。今まで経験したことのないような後悔が押し寄せてきたのである。私はいじめの加害者だ。桜が主犯格だと思われているようだが、裏で指示したのは私自身だった。奈菜ちゃんや芽依、後々私たちのグループに加わった紗香という子もみんな桜が中心となって動いたと思っている。そう思うとなんとも居た堪れない気持ちになる。もう後戻りはできなかった。私は、悠花をボロボロになるまで痛めつけた挙句、その責任を桜に押し付けてしまった。一緒にいじめに加担していた子たちの人生を狂わせたのだ。それを認めてしまうのが、本当に怖くて仕方がなかった。
「もう、無理。」
私は、長く悩んだ挙句に真実を話す事にした。
今、目の前には桜、奈菜、芽依、紗香がいる。話があると言って呼び出したのだ。ここからどう切り出せばいいのか分からない。真実を知ったら、私はこのグループから外されることは目に見えていた。初めから悠花をいじめるために加わったこのグループは私にとってとても大切な空間になっていた。今ここに座っている四人はかけがえのない私の大切な友達になった。いつも、冷淡な私を遊びに誘ってくれる桜。初めは私が疎ましかったかもしれないけど私のことを受け止めてくれた奈菜ちゃん。そしてずっと大好きな芽依。その芽依が恨めしく思っていた紗香。みんな私の大切な友達だ。
「話って?」
紗香が尋ねる。彼女は直接いじめに関与しているわけではないが、出来事だけは知っているようだ。
「ごめんなさい。」
初めに、私は限界まで頭を下げた。
根拠のないことに首を突っ込んでこんなことをしてごめんなさい。
私が計画したことを優しい桜に責任を押し付けてごめんなさい。
そのせいで奈菜ちゃんと芽依の人生まで狂わせてごめんなさい。
ここまで計画してきたことなのに芽依の嬉しい顔を見ることができない結果になってしまってごめんなさい。
一人の女の子をボロボロになるまで痛めつけてしまってごめんなさい。
私は、ゆっくりと深呼吸をして真実を話した。芽依に打ち明けられたことをきっかけにいじめを計画したこと、それを桜に伝えたこと。桜はそのことを知っていたからただ相槌を打ちながら聞いていただけだったが、奈菜ちゃんや紗香は信じられないという不満の表情を見せ、芽依はずっと下を向いて手に力を込めていた。
「ごめんですまないことは分かってる。だから私は悠花の家に行ってちゃんと謝る。だからこのことをどうか、受け止めてください。」
「私もごめん。このことは知ってた。夕から聞いて許せないと思って手を上げた。だから奈菜にも迷惑かけた。この先を狂わせた。ごめん。」
桜はそういった。やはりこの子はとても純粋でいい子なのだと感じる。私がこんなにひどいことをしたのに、自分も自然に謝ることができているのだから。
「あのさ、」
今までずっと俯いていた芽依が頭を上げた。
「今までずっと後悔してたこと、話させてください。」
予想外の展開に、私は耳を疑った。
「夕がそんなふうに思っていたことは知らなかった。私が打ち明けたこと、素直に聞いてくれたから。私、最低な人間なんだ。あの、打ち明けた話は嘘なの。」
「え?」
「私は、悠花にいじめられてなんかいない。むしろ、保育園に通っていた時に変人扱いされていた私を救ってくれたのは悠花で、ただ、喧嘩して気まずくて話せなくなっていただけなの。悠花が言ってたことに無性にイライラして、その後仲良くしてくれた夕に甘えて被害者面して話してしまっただけなの。まさかここまでになるとなんて思っても見なかった。ごめんなさい。」
桜たちも驚いている。
「え?じゃあ、私たちが一方的に悠花をいじめてただけってこと?」
芽依は静かに頷いた。
「私たち最低じゃん。」
奈菜がいった。最悪だった。やはり、根拠がないのに他人の問題に関係してはいけない。
「ほんと、最低だよ。」
初めて、紗香が口を開いた。
「みんな、知らなかったと思うけど、私悠花の親友なの。ずっと家に引きこもったままで悠花のお母さんも相当心配してノイローゼになってる。なのに、何?芽依は勝手に悠花を悪人にして、根拠のない出来事に夕は勝手な正義感で立ち向かおうとして。最低だよ。」
いつしか紗香の目からは涙が溢れていた。紗香はきっと、芽依が悠花と気まずくて話さなくなった後の友達なのだろう。
「みんな、どうかしてる。」
それだけ小さくいって、彼女は教室を出て行った。もう下校の時刻でそろそろ先生が見回りに来る時刻だった。みんな、ぼうっと一点を見つめていた。まるで人じゃなくなってしまったかのように生きた心地がしなかった。
「…悠花の家に行こうか。」
桜がいった。
悠花の家は、学区の端に位置する。住宅街を進んでいくと、白色の屋根の家が見えた。家の場所は芽依が知っていた。
インターホンを押すと悠花の母親がドアを開けた。
「悠花の友達かしら?」
「いいえ、ただの同級生です。今日、悠花さんに話したいことがあってきました。」
いじめていた身で友達とは言えなかった。桜と奈菜、芽依と私は家の中にお邪魔させてもらう。紗香とはあれから全く話していなかった。申し訳なくて、こちらから声をかけることはできなかたのだ。
悠花の家のリビングは整理整頓がきっちりされていてフローリングの床には埃ひとつ落ちていなかった。急に訪ねたのだから、常にこんな綺麗な状態を保っているのだろう。家の中は静かだった。
「悠花は二階の部屋にいるの。」
母親について階段を上っていくと、悠花と幼い字で書かれた看板のようなものがドアにぶら下がってた。母親はノックをすると、悠花を呼んだ。
「悠花、学校の子が来てくれたわよ。」
母親は多分、悠花がいじめられて引きこもっていることを知らないのだと思う。悠花が学校のこと言うワードを聞いて出てきてくれるとは当然私たちの誰もが思っていなかった。
「ごめんね、出てこれないみたい。」
申し訳なさそうに言う母親の表情を見て目が潤んだ。我が子がいじめられていたことを知ったらこの人は泣き崩れるだろう。目を合わせることができなかった。
「大丈夫です。私たちがドア越しに話すので」
桜の対応を受けて、母親は一階のリビングへ降りていった。
私たちは互いに目を合わせ、私がもう一度扉をノックする。
「夕だけど、覚えてる?あなたにどうしても謝りたくてきました。桜も奈菜も…芽依もいます。」
「…入って。」
短い言葉に少しだけ安堵した。芽依はずっと不安そうだった。
扉を開けて中に入ると、悠花はベットにもたれて座っていた。片手に漫画本を持っていた。彼女は私たちを見ると、またすぐに漫画本に目を移した。
「ごめんなさい。本当に悠花にひどいことをしました。」
許してもらうつもりは全くなかった。まず、自分をいじめていた相手が自室にいるのだ。私なら怖くて逃げ出したくなるが、悠花はそうしなかった。体育館倉庫で時々口答えしてくるところと、何かを訴える目を見たいたら、納得した。悠花という女の子は強い。
「私も何度も悠花に手を上げて暴力的なことばかりして、本当に反省してる。それと、あなたが芽依をいじめてなかったこともはっきりしました。」
桜に続いて奈菜ちゃんも口を開く。
「私も、一度だけあなたの殴りました。私は誰かについていくことしかできなくて弱い人間です。ごめんなさい。」
悠花が芽依の方に視線を向ける。
「芽依、久しぶり。」
そのあまりにも優しい声に驚く。芽依は頷くだけだった。
「芽依が言ったんでしょう。私が芽依をいじめたんだって。私はそんなひどいことしないのになー。あの喧嘩の時のことは悪かったと思っているけど、私は芽依のことをこれから許せる気がしないよ。」
芽依は泣いていた。そのことは分かっていたのだろう。きっと芽依自身も嘘を言ってしまった後悔に耐え続けていたのかもしれない。
「ごめん、悠花」
「うん、許さないけどそれだけでいいよ。みんなも、私のことなんて忘れて自分で人生をまっすぐ歩いて行ったら?その方が気が楽だと思うよ。」
彼女は自分の左腕をさすった。きっとあの長袖のシャツを捲ったら、私たちがつけた痣が姿を表すのだろう。
「さ、帰って。」
「でも…」
まだ、私はあなたに罪を償いきれていない。あなたはこれから自分の人生をまっすぐ進んでいけるの?そう問いかけたかった。
「いいから。」
冷たく言い返されて、私たちは悠花の母親に礼を言って家を後にした。
「みんな、」
芽依が帰り道に言った。
「あそこの坂を登ると、夕焼け空が綺麗に見える丘があるの。行かない?」
みんな頷いて、坂を登った。急な坂を登っていくと丘にたどり着いた。その丘は、かつて私が芽依と毎日のように行っていた丘であり、今回の出来事のきっかけである打ち明け話しを聞いた場所でもあった。今の時刻は午後五時。丘からは綺麗に夕焼けが見えている。
思わず芽依の方を見ると、芽依もまた私の方を見ていた。ここにきたということは…芽依はあの時間を今も大切に思っているのだろう。
「綺麗ー!」
桜がヤッホーと叫んだ。もう一人の桜がヤッホーと返した。
「結局は、嘘が絡み合った勘違いだったんだね。」
「うん、絶対にいじめはしないってことを誓うよ。」
夕焼け空が過ぎるまで、私たちは感傷に浸かった。
次の日から、私は行動し始めた。まず、桜と距離を縮めるところから。今までなんの接点もなかったため、話しかけるのには多少の勇気がいった。でも、桜と話すようになって次第に仲良くなると私自身純粋に楽しかった。桜は、天真爛漫な女の子で友達のことを一番に考えている。特に、幼い頃から親友だという奈菜ちゃんへの愛は誰にも負けない。桜の隣には常に奈菜ちゃんがいた。奈菜ちゃんは家がかなりのお金持ちらしくて、身につけている洋服はいつも高級そうな英語のロゴが刺繍されていたり、職人が作ったような和風のアイテムだったりした。そんな二人を見ているとこちらまでほっこりしてきて、ついには作戦を忘れて遊びに加わっていることもあった。
もう完全に私と芽依がスクールカーストの頂点に上り詰めた頃、私たちは高学年になっていた。ここで私は何年か積み上げてきた友情を盾に、悠花へのいじめの件を話す。
「桜、ちょっといい?」
休み時間に桜を人気のない廊下へ呼び出した。私の心臓は大きな音を立てて振動を繰り返している。
「何?」
「あのさ、隣のクラスの悠花って子知ってる?」
「うん、家の人が社長なんでしょ。美人だっていつも噂されてるよね。」
桜は彼女のことを特になんとも思っていないようだった。
「その悠花って子が芽依にひどい事を言ったんだって。それで芽依は傷ついて絶交したってことを芽依に聞いたの。最低でしょ?」
「それ本当なの?」
桜は疑うような視線を向けてきた。それで初めて、明確な根拠がないことに気がついた。でも、今からなかったことにはできない。私は芽依を信じる事にする。
「うん、この前芽依から直接聞いたの。だから、悠花って子を懲らしめたいの。」
「いいね、その子に分からせてあげよう。芽依がどれだけ傷ついたかってことを。」
それから、桜は悠花のことをいじめるようになり奈菜ちゃんも加わった時には悠花の心と体はボロボロになっている気がした。
長い間祈願していた芽依を助けるための策は成功したのだ。芽依をさぞ、喜んでいるだろう。そんな時ふと我に返った。私はなんのためにこんな事をしたのだろう。悠花は今、不登校になっている。かれこれ三ヶ月以上学校に来ていない。側から見れば、私は部外者なはず。元は悠花と芽依二人の喧嘩が原因で起こったことで、私が首を突っ込む必要はなかったのではと思うことが度々あった。その度に、その感情は無かった事にして自分はよくやったと強引に思考を変えた。今まで経験したことのないような後悔が押し寄せてきたのである。私はいじめの加害者だ。桜が主犯格だと思われているようだが、裏で指示したのは私自身だった。奈菜ちゃんや芽依、後々私たちのグループに加わった紗香という子もみんな桜が中心となって動いたと思っている。そう思うとなんとも居た堪れない気持ちになる。もう後戻りはできなかった。私は、悠花をボロボロになるまで痛めつけた挙句、その責任を桜に押し付けてしまった。一緒にいじめに加担していた子たちの人生を狂わせたのだ。それを認めてしまうのが、本当に怖くて仕方がなかった。
「もう、無理。」
私は、長く悩んだ挙句に真実を話す事にした。
今、目の前には桜、奈菜、芽依、紗香がいる。話があると言って呼び出したのだ。ここからどう切り出せばいいのか分からない。真実を知ったら、私はこのグループから外されることは目に見えていた。初めから悠花をいじめるために加わったこのグループは私にとってとても大切な空間になっていた。今ここに座っている四人はかけがえのない私の大切な友達になった。いつも、冷淡な私を遊びに誘ってくれる桜。初めは私が疎ましかったかもしれないけど私のことを受け止めてくれた奈菜ちゃん。そしてずっと大好きな芽依。その芽依が恨めしく思っていた紗香。みんな私の大切な友達だ。
「話って?」
紗香が尋ねる。彼女は直接いじめに関与しているわけではないが、出来事だけは知っているようだ。
「ごめんなさい。」
初めに、私は限界まで頭を下げた。
根拠のないことに首を突っ込んでこんなことをしてごめんなさい。
私が計画したことを優しい桜に責任を押し付けてごめんなさい。
そのせいで奈菜ちゃんと芽依の人生まで狂わせてごめんなさい。
ここまで計画してきたことなのに芽依の嬉しい顔を見ることができない結果になってしまってごめんなさい。
一人の女の子をボロボロになるまで痛めつけてしまってごめんなさい。
私は、ゆっくりと深呼吸をして真実を話した。芽依に打ち明けられたことをきっかけにいじめを計画したこと、それを桜に伝えたこと。桜はそのことを知っていたからただ相槌を打ちながら聞いていただけだったが、奈菜ちゃんや紗香は信じられないという不満の表情を見せ、芽依はずっと下を向いて手に力を込めていた。
「ごめんですまないことは分かってる。だから私は悠花の家に行ってちゃんと謝る。だからこのことをどうか、受け止めてください。」
「私もごめん。このことは知ってた。夕から聞いて許せないと思って手を上げた。だから奈菜にも迷惑かけた。この先を狂わせた。ごめん。」
桜はそういった。やはりこの子はとても純粋でいい子なのだと感じる。私がこんなにひどいことをしたのに、自分も自然に謝ることができているのだから。
「あのさ、」
今までずっと俯いていた芽依が頭を上げた。
「今までずっと後悔してたこと、話させてください。」
予想外の展開に、私は耳を疑った。
「夕がそんなふうに思っていたことは知らなかった。私が打ち明けたこと、素直に聞いてくれたから。私、最低な人間なんだ。あの、打ち明けた話は嘘なの。」
「え?」
「私は、悠花にいじめられてなんかいない。むしろ、保育園に通っていた時に変人扱いされていた私を救ってくれたのは悠花で、ただ、喧嘩して気まずくて話せなくなっていただけなの。悠花が言ってたことに無性にイライラして、その後仲良くしてくれた夕に甘えて被害者面して話してしまっただけなの。まさかここまでになるとなんて思っても見なかった。ごめんなさい。」
桜たちも驚いている。
「え?じゃあ、私たちが一方的に悠花をいじめてただけってこと?」
芽依は静かに頷いた。
「私たち最低じゃん。」
奈菜がいった。最悪だった。やはり、根拠がないのに他人の問題に関係してはいけない。
「ほんと、最低だよ。」
初めて、紗香が口を開いた。
「みんな、知らなかったと思うけど、私悠花の親友なの。ずっと家に引きこもったままで悠花のお母さんも相当心配してノイローゼになってる。なのに、何?芽依は勝手に悠花を悪人にして、根拠のない出来事に夕は勝手な正義感で立ち向かおうとして。最低だよ。」
いつしか紗香の目からは涙が溢れていた。紗香はきっと、芽依が悠花と気まずくて話さなくなった後の友達なのだろう。
「みんな、どうかしてる。」
それだけ小さくいって、彼女は教室を出て行った。もう下校の時刻でそろそろ先生が見回りに来る時刻だった。みんな、ぼうっと一点を見つめていた。まるで人じゃなくなってしまったかのように生きた心地がしなかった。
「…悠花の家に行こうか。」
桜がいった。
悠花の家は、学区の端に位置する。住宅街を進んでいくと、白色の屋根の家が見えた。家の場所は芽依が知っていた。
インターホンを押すと悠花の母親がドアを開けた。
「悠花の友達かしら?」
「いいえ、ただの同級生です。今日、悠花さんに話したいことがあってきました。」
いじめていた身で友達とは言えなかった。桜と奈菜、芽依と私は家の中にお邪魔させてもらう。紗香とはあれから全く話していなかった。申し訳なくて、こちらから声をかけることはできなかたのだ。
悠花の家のリビングは整理整頓がきっちりされていてフローリングの床には埃ひとつ落ちていなかった。急に訪ねたのだから、常にこんな綺麗な状態を保っているのだろう。家の中は静かだった。
「悠花は二階の部屋にいるの。」
母親について階段を上っていくと、悠花と幼い字で書かれた看板のようなものがドアにぶら下がってた。母親はノックをすると、悠花を呼んだ。
「悠花、学校の子が来てくれたわよ。」
母親は多分、悠花がいじめられて引きこもっていることを知らないのだと思う。悠花が学校のこと言うワードを聞いて出てきてくれるとは当然私たちの誰もが思っていなかった。
「ごめんね、出てこれないみたい。」
申し訳なさそうに言う母親の表情を見て目が潤んだ。我が子がいじめられていたことを知ったらこの人は泣き崩れるだろう。目を合わせることができなかった。
「大丈夫です。私たちがドア越しに話すので」
桜の対応を受けて、母親は一階のリビングへ降りていった。
私たちは互いに目を合わせ、私がもう一度扉をノックする。
「夕だけど、覚えてる?あなたにどうしても謝りたくてきました。桜も奈菜も…芽依もいます。」
「…入って。」
短い言葉に少しだけ安堵した。芽依はずっと不安そうだった。
扉を開けて中に入ると、悠花はベットにもたれて座っていた。片手に漫画本を持っていた。彼女は私たちを見ると、またすぐに漫画本に目を移した。
「ごめんなさい。本当に悠花にひどいことをしました。」
許してもらうつもりは全くなかった。まず、自分をいじめていた相手が自室にいるのだ。私なら怖くて逃げ出したくなるが、悠花はそうしなかった。体育館倉庫で時々口答えしてくるところと、何かを訴える目を見たいたら、納得した。悠花という女の子は強い。
「私も何度も悠花に手を上げて暴力的なことばかりして、本当に反省してる。それと、あなたが芽依をいじめてなかったこともはっきりしました。」
桜に続いて奈菜ちゃんも口を開く。
「私も、一度だけあなたの殴りました。私は誰かについていくことしかできなくて弱い人間です。ごめんなさい。」
悠花が芽依の方に視線を向ける。
「芽依、久しぶり。」
そのあまりにも優しい声に驚く。芽依は頷くだけだった。
「芽依が言ったんでしょう。私が芽依をいじめたんだって。私はそんなひどいことしないのになー。あの喧嘩の時のことは悪かったと思っているけど、私は芽依のことをこれから許せる気がしないよ。」
芽依は泣いていた。そのことは分かっていたのだろう。きっと芽依自身も嘘を言ってしまった後悔に耐え続けていたのかもしれない。
「ごめん、悠花」
「うん、許さないけどそれだけでいいよ。みんなも、私のことなんて忘れて自分で人生をまっすぐ歩いて行ったら?その方が気が楽だと思うよ。」
彼女は自分の左腕をさすった。きっとあの長袖のシャツを捲ったら、私たちがつけた痣が姿を表すのだろう。
「さ、帰って。」
「でも…」
まだ、私はあなたに罪を償いきれていない。あなたはこれから自分の人生をまっすぐ進んでいけるの?そう問いかけたかった。
「いいから。」
冷たく言い返されて、私たちは悠花の母親に礼を言って家を後にした。
「みんな、」
芽依が帰り道に言った。
「あそこの坂を登ると、夕焼け空が綺麗に見える丘があるの。行かない?」
みんな頷いて、坂を登った。急な坂を登っていくと丘にたどり着いた。その丘は、かつて私が芽依と毎日のように行っていた丘であり、今回の出来事のきっかけである打ち明け話しを聞いた場所でもあった。今の時刻は午後五時。丘からは綺麗に夕焼けが見えている。
思わず芽依の方を見ると、芽依もまた私の方を見ていた。ここにきたということは…芽依はあの時間を今も大切に思っているのだろう。
「綺麗ー!」
桜がヤッホーと叫んだ。もう一人の桜がヤッホーと返した。
「結局は、嘘が絡み合った勘違いだったんだね。」
「うん、絶対にいじめはしないってことを誓うよ。」
夕焼け空が過ぎるまで、私たちは感傷に浸かった。