──帰り。
教室で宿題を写し終えると、外は薄暗くなっていた。
数学のノートを栞衣奈の席に入れると、帰り支度をして校門を通り抜けた。


「……優歌」

低い声が後ろから聞こえた。
──この、声。


「……渉?」

振り返って、その姿を見る。

「久しぶりだなァ」

施設に居るはずの渉が目の前に居る。
驚きと恐怖で言葉が出てこない。


~♪~♪♪
携帯が鳴った。

「渉のお母さん……」

ラインを見ると渉の事が書いてあった。
抜けだして、私のもとへ向かっている可能性があると。

「何で……」
「全然会いに来てくれないから、会いに来たんだよォ」

一歩後ずさると、渉は私の腕を掴んで狭い人通りの少ない路地へと連れて行く。

「離して渉!!」
「何?俺の事、好きなんでしょ?だったらついて来いよ」

違う……こんな渉を好きになったんじゃない。
その言葉を飲み込み、うつむいた。

「……腕が、痛い」
「……」
「渉!!」

思わず振り払ってしまった。
渉がにらんでくる。

「何で!?優歌──?」

壁に打ち付けられ、首を絞められる。

苦しいよ……
痛いよ……

「っ……渉……ゃっ」
「好きだよね?ね……?」

息がしにくくなり、意識がもうろうとしてきた。


「やめろっ!!」

その声と同時に、私は解放され座り込んだ。
何度も咳こむ。


「また、会いにくるよ……優歌」

そう言葉を残し去って行った。


「ほっ……ごほっ……」
「大丈夫?」

顔を上げると、優しい瞳(め)が私を見ていた。
凛とした、きれいな顔立ちをした──かっこいい人。

「ぁ……はい……」
「その制服、瀬谷崎?」
「はい……」

緊張して返事するのが精いっぱい。

「俺もだよ。こんな遅くまで、何をやっていたの?危ないよ」

手を貸してくれるその人は、先輩だと分かった。ネクタイが青色だから。
制服は高等部で、ネクタイの色が違う。

一年生は緑
二年生は赤
三年生は青
という風になっていて、男子生徒はネクタイ、女生徒はリボンの色が違うのだ。

「えと……すみません。あと、助けてくれてありがとうございました」

立ってお辞儀をした。
その人は笑って──

「無事ならいいんだ。大通りに戻ろう」

と言った。
ついていくと人々の声が耳に入る。
人通りの多い道に戻ってきたのに気付いた。

「あ、こんな時間だ。ごめん、用事あるから行くね」

去っていく姿をボーっとしばらく見ていた。
笑うと可愛い先輩(ひと)だった。
あんな人が、この世に居るなんて。しかも、同じ学校。

胸が高くなる。
──とくん、とくん。

「帰ろ……」

名前を訊いておくべきだった、と後悔しつつも急いで家に帰った。