わたしよりも長い時間辛い思いをして、さらには、わたしのために奏多のふりをしてくれていたんだ。


「哲弥さんのせいじゃないです……」

「ありがとう。凜ちゃんのせいでもないよ」


哲弥さんは取り乱した気持ちを整えるように、深呼吸をすると、鞄から何かを取り出した。


「とても、大事なことを伝えたくて」

渡され、受け取るとそれは免許証と小さく折られたルーズリーフだった。

免許証の写真には、青い背景に、黒髪の男の子が映っている。
ちょっと表情は硬い。


「その奏多は、ちょっと若いかな……」

わたしはコクンと頷いた。

「裏側見て」


免許証を裏返すと、小さな文字に丸印。
ピントが合わなくて、目を細める。
署名がしてあるのが見えた。


荻原奏多(おぎはらかなた)

奏多の名前はこう書くんだな、とぼんやりと思った。


「見える? それ、臓器提供意思表示欄って書いてある。ドナーカードとも言うんだ。……わかるよね」

「ーーーーえ?」


はっと顔を上げる。

奏多が、ドナーカードを持っていた?

それがどういう事なのかわかったような気がして、また頭が飽和し始めた。