『もうすぐ着くよ』

まだ音声入力のほうが楽で、頼っている。
わたしがわかるのは点字ばかりで、漢字は元より、ひらがなの形でさえ忘れかけていた。


『大学の入口で待ってるよ。気をつけて』

奏多からの返事に自然と頬が緩む。

早く会いたい。
退院してからも、なかなかタイミングが合わず電話も出来なかった。

彼方はどんな顔かな。どんな姿かな。
見えるわたしを、どう思うだろう。


唯一部屋に飾る遊園地での写真は、今日の為に見ないようにしていた。
お楽しみだ。

初めては、写真じゃなくて奏多自身に会いたい。


バス停を降りると、信号を渡った道の反対側が大学だった。
キャンパスの正門には、大学名が刻まれた立派な門柱が両脇に建っている。

その脇に、背が高い男の子がスマホを弄りながら立っていた。

切りそろえられたサラサラの黒髪。
細身のズボンにマウンテンパーカー。
リュックを背負っている。


「奏多だ……」

きっとあれが奏多だ。
浮ついた気持ちが口をついて出た。

お姉ちゃんは駅で買い物でもしているというのでバス停で別れた。

慌てて信号を渡るが実際はゆっくりとした足取りだった。
気持ちだけが急いて、足が少し縺れた。


(奏多、だよね……?)


心臓が口から飛び出そうなほど緊張していた。
期待と不安で、変な顔をしていたかもしれない。

信号を渡り終わると、男の子がふとスマホから顔を上げて目が合った。

自分を取り巻く周囲の騒音が、心臓の音でかき消される。


「かな、た……?」

蚊の鳴くような声で問いかけると、彼は穏やかに微笑んだ。