靴を履き、玄関を出ようとしたところで家の電話がなる。
「はいはーい」と独り言の返事をしながら、パタパタとスリッパを鳴らすお母さんに、「行ってきます」と声をかけた。


「はい、高垣です」

お母さんが電話に出る。

夕方には帰ると伝え忘れたが、後でメールでもしておこうと玄関を閉めようとした。

その時。


「ーーーーえ?!」

随分と驚いた声が届く。


「本当ですか? ええ、はい! ーーあ、ちょっと待ってください……凜! 凜!!」

お母さんがバタバタと追いかけてきた。


「凜! ちょっと出掛けるの待って、角膜の提供者が見つかったって!!」

「ーーえっ」

「今から病院行きましょう!!」

「え、でも、わたし奏多と遊びに……」

「何言ってるの、目が治れば好きなだけ遊べるじゃない!」

急いで、と腕を引かれ家に戻る。

お母さんは慌ただしく電話に戻り必要事項を聞き取ると、入院の準備をするように言った。

お父さんとお姉ちゃんにも連絡をして、急いで病院へ行かなくてはならい。

ずっとずっと待ち望んでいたことなのに、急に不安になった。

だって、相手は命を費やそうとしているのだから。
わたしが貰っていいのか。
わたしにその資格があるのか。


「ーーあ、奏多に連絡しなくちゃ……」

スマホを持つ手が震えた。

音声入力で、『今日は遊べなくなりました』と送る。


移植が決まったとか、そのために入院するから暫く会えなくなるかもとか、たくさん伝えることはあるのに、頭が上手く働かなくて、声も震えて音声入力も何度も失敗した。