帰ってきた童貞くん

 僕は持病で、よく腹痛が起こる。
 一度、症状がおきると、トイレをすぐに探さないとヤバい。
 失敗して、大惨事になってしまう。
 真面目な話、成人してからも、何十回と失敗している……。

 家の中ならそりゃキレイにしてしまえば、いいのだけど。

 外出中は本当に困る。
 特にデパートなんかが、一番困る。

 男女差別ではないのだけど、高層ビルのうち、1階が女子トイレのみ、2階が男女トイレ、3階がまた女子専用トイレという変なサンドイッチ構造が多い。
 きっと女性の方が、個室利用が多いのだろう。
 
 ある日、僕はカノジョとデートしていた。
 腹いっぱいステーキを食った。

 そんな油っこいものを食べたら、必ず腹が痛む。少しのタイムラグがある。
 だから参ったもんだ。
 急に激痛が走って、ケツを手で抑えながら、走りだす。
 カノジョは心配して「童貞くん、がんばって!」と応援する。
 長い事付き合っているから、もう慣れっこなのだ。

 ハァハァ……腹痛と漏らしそうな恐怖を抱えて、僕は脚をくねくねさせながら、急ぐ。
 
 やっとのことで、トイレが見えたと思ったら、猛ダッシュだ!

「アアアッ!」

 ここまで叫んではいないが、息遣いはかなり荒かったと思う。
 ちょうど男子トイレの前に、女子高生が歩いていた。

「ハァハァ……アッ!」

 僕の声に気がついて、こちらを振り向くと、なぜかビックリしていた。
 当時の僕は、体重110キロで、丸坊主。ナイスガイだ。

 そんな僕を見てか、JKちゃんは「ひゃっ」といいながら、なぜか男子トイレに駆け込んだ。
「え?」
 意味がさっぱり分からなかった。
 なんで若い女子高生が男子トイレに?
 まさかあれか、今話題の女装男子か……。

 そう思って、僕も彼女のあとを追うように、男子トイレに入る。
 JKちゃんは中で目が合う。
 すると「あ、ごめんなさい」と言って、気まずそうにトイレを出ていった。

 まさか!
 久々に……この子、僕に惚れているのかもしれない!
 僕はオタクだ。
 そして付き合っているカノジョもオタクだ。

 当時、動画サイトで流行っていたアニメを二人で見かけて、ハマッてしまった。
 カノジョに頼まれて、近所のレンタルショップに借りに行くことにした。

 お目当ての作品は、『スクールデ●ズ』
 ネットでも大人気。主人公がボロボロになるのが、おかしくてしかたない。

 お店につくと、しばらくその作品を探すが、なかなか見つからない……。
 仕方ないと、店の中をウロウロする。

 そのうち、目が移り変わって、何本か映画を手にしていた。

 ちなみにこの店は、安さを売りにしている。
 僕が住んでいる地域では、旧作DVDは一本100円という安さだ。

 だから、5本ぐらいレンタルしてもお財布に優しい。

 何本か手にして、再び店内をウロウロしていると、やっとのことで、スクールデ●ズを見つけた。

「あったあった!」

 喜んで、3本も借りる。
 ルンルン気分で、レジに並ぶ。

 平日の午前ということもあってか、カウンターには一人の女性店員だけだった。

 ナチュラルボブで眼鏡をした真面目系女子。
 まだ大学生かな?

「いらっしゃいませ。こちらへ、どうぞ」
 待っていた僕を笑顔で手招く。

 DVDをカウンターに出すと、ピッピッピッ! と音を立ててレジに通していく。
 値段がレジに表示される。
 合計で5本なので、500円のはず……。
 しかし、表示されたのは、なんと650円。
 おかしいな? 新作でも紛れていたかな……。

 僕はお店のお姉さんに声をかける。
「あの……」
「はい? なんでしょう?」
「なんで650円なんすか? 旧作ばかりだから500円でしょ?」
 そう言うと、お姉さんは一瞬、顔を強張らせる。
 そして、カウンターの上に置いていた一つのDVDを手に取る。

 黙ったまま、僕にそれをグイッと見せつけ……。
「これが、これなんで……」
 
 僕の目に映し出されたのは、裸の巨乳女子。
 タイトルは『Gカップ プルンプルン、ブシャー!』

「……」
 忘れていた。大人向けの映画も借りていたんだ。

 お店のお姉さんは、ちょっとムッとした顔で、僕を見つめている。
 ふと料金表を見ると、大人向けは確かに旧作でも値段が違い、少し高い。

「どうされますか? 借りますか?」
 お姉さんは僕をまっすぐ見つめる。
 恥じることもなく、裸体のDVDディスクを宙にかかげて……。
「か、借ります!」
 お姉さんのプレッシャーに負けて、そう答えてしまった。

 なんてことだ!?
 この人……女子なのに、恥じらうこともなく、堂々としている。
 もしかして、僕に惚れているかもしれない!

 あの主人公みたいに……。
 一時期、リサイクルショップでバイトをしていた時だ。
 仕事の内容としては、社員や店長が買い取った商品。主に服や家電が多い。
 それらの汚れなど落として、値札を貼り、棚に設置する。

 働きだして、数ヶ月経った頃。
 
 いつものように、ジーパンに値札を貼りつけていると、店長が僕を呼びつける。
「童貞くん! ちょっといいかな?」
「あ、はい」

 毎日ミスしてたので怒られるのだろうかと、不安を覚えたが、それはいい意味で期待を裏切る。
 店長の後ろには、一人の若い女の子が立っていた。

「今日から働くことになった。チラ子ちゃんだよ」
 長い黒髪を肩におろして、ニッコリと僕に微笑む。
「あ、チラ子です。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、僕は童貞です」

 初めて出来た後輩だった。
 チラ子ちゃんは仕事に真面目で元気がいい。

 シャイな僕と違って、お客さんとも笑顔で大きな声で応対。
 先輩の僕よりもメキメキと仕事をこなしていく。
 社員からは「チラ子ちゃん、いいよね」と早くも賞賛の声があがりだす。
 マイペースな僕は怒られてばかりだから、先輩面するのも時間の問題か……。
 そう落ち込んでいると、チラ子ちゃんが僕に声をかけてくる。

 ニコニコ笑って、質問してきた。
「あのぉ、童貞さんってカノジョさんいるんですか?」
「え? いるよ」
「へぇ~ 意外ですね♪」
 なんだ、この子。僕を童貞だと思っていたのか?
 失礼だなぁ。

 そして、チラ子ちゃんは話題を変える。
「あの、これってどうやって商品化するんですか?」
 彼女が指差したのは、店長が買い占めた大量のゲームソフトだ。
 ゲームに疎い店長なので、みんながクソゲーだというのに、ボカボカ買い取りしてしまい、在庫で店内が埋まりそうだった。
 他の社員がそれを嘆き、「ワゴンセールで10円で売っちまおう」と言いだしたのだ。
 だが、忙しくてなかなか商品化できていなかった。

「ああ、それね。隣りのカゴに置いてるパッケージに入れて値段貼ればいいだけだよ」
 僕は床に散らばっている赤いカゴを指差す。
 チラ子ちゃんはそれを聞いて、笑顔で答える。
「さすが童貞さん! 私よりなんでも知っているんですね♪」
「そ、そうかなぁ……」


 僕は立ったまま、作業台で家電をラッピングしていた。
 チラ子ちゃんは隣りで、床に散らばっているゲームソフトを集めて商品化しだした。
 彼女は仕事中も明るく元気な子で、鼻歌交じりに作業を始める。
「らんらん、る~る~」
 
 ふと下で作業している彼女に目をやると……。
「はっ!?」
 僕の目に入ったのは、ピンクのレースパンティー。
 チラ子ちゃんは腰をかがめているため、ジーパンからはみ出ていたのだ。

 当時、ローライズが流行っていて、ミニスカよりは防御力が高いのだが、座ると必然とパンティーがひょっこりする事案が多発していた。
 しかも、トップスがへそ出しに近くて、丈の短いキャミソールやチビTを着るのがおしゃれだった。チラ度は急上昇。
 
 さすがにガン見するのは申し訳ないと、目をそらした。
 その日はそれで終わったのだが……。

 大量のゲームソフトを商品化するには時間がかかる。
 チラ子ちゃんは毎日、毎日。僕の隣りに座って作業を続ける。
 もちろん、彼女のファッションはいつも通りだ。

 ある日は紫。またある日は淡いグリーン。
 何かあったのかしらんが、ある日は真っ赤なスケスケのパンティー。
 チラ子ちゃんは「童貞さん、おはようございま~す!」と言うたびに、僕にケツを向ける。

 こんなに毎日見せつけてくるなんて……。
 まさか! この子、僕に惚れているのかもしれない!
 20代の前半。
 腹が減れば、とにかく白飯ばかり食べまくっていた。
 多い時なんかは、大盛カップ焼きそばをおかずに白飯3杯も余裕だった。
 なのに、太らず体重は57キロ前後をキープするから恐ろしい。

 母がいないときは、男三兄弟なので、各々が冷蔵庫のあまりものを出して食べる。
 といっても料理は基本しない。
 生卵があれば、それを白ご飯にかけて醤油たして、卵かけごはんのできあがり!
 それを何杯も食べる。

 ある夏の出来事。
 数週間も冷蔵庫に放置してあった生卵を僕が使ったため、高熱と下痢を繰り返し、急遽、かかりつけの大学病院に入院することになった。
 持病の方か? と医師に疑いをかけれられたが、のちに生卵による食中毒と判明した。

 計2週間ほどの入院だったが、かなりキツかった。

 食事を出されるが、高熱のために口に入れることもできず、ただ点滴で栄養を摂取するのみ。
 腕に注射針を刺しすぎて、皮膚が硬化し、針が刺さらなくなるほど、両腕をブスブスと刺されまくった。
 
 僕が若い男の子ということもあってか、年上の看護婦さんによく説教された。

「あっ! 童貞くん! また食べてないの? だから、点滴はずれないのよ!」
「いやぁ、きついっす……」
 そういうナースの一人は、パイ子さんだ。
 確か人妻で、とても優しい女性だ。
 しかし、若い僕からすると一つだけ、彼女に苦手なところがあった。

「仕方ないわねぇ。じゃあ点滴かえましょっか♪」
 そう言うと、なぜか点滴の袋を僕側から替えようとする。
 逆側から変えれば、なんのこともないのに。
 彼女は毎回、僕の頭上から替えたがる。 

 パイ子さんは言っちゃ悪いが、かなりの巨乳だ。
 制服のトップがぱっつんぱっつんになるほど。
 揺れはしないが、デカい。
 目のやり場に毎回、困る。

「うんしょ……」
 そう言って、僕の頬に二つのデカいメロンをぶに~! と押しつける。
「ふごごご…」
 あまりのデカさに、僕は息ができない。

 たぶん、天然な人なのだと思うが、毎回だ。
 体温を測るときも、必ずといって、胸をおしつけてくる。

「これでよしっと♪ さ、童貞くん。早く治して退院するのよ!」
「は、はぁ……」
「そのためにはご飯をしっかり食べなきゃ!」

 まさか……あの人! 僕に惚れているのかもしれない!?
 前回の続きです。
 まだ入院中の話。

 僕は若かったし、人見知りが激しかった。
 そんなんだから、看護婦さんとも中々うまくコミュニケーションをとれない。

 食事をとれず、点滴ばかりでシャワーやお風呂に入れていなかった。
 クーラーが入っていたとはいえ、真夏だ。
 それなりに汗はかく。

 だから、毎朝ひとりの看護婦さんにこう言われた。

「童貞くん、身体ふこうか?」
 そう言って暖かいタオルを持ってくる。

 しかし、僕はシャイなので、裸を若い女性に見せるのが恥ずかしかった。

「いや、いいです」
「そう……。いつでも声をかけてね」

 その人の名前はツン子さん。
 細身で眼鏡をかけた若いナースさん。
 見た目は少し怖いけど、よく気がきく出来る人という感じ。

 それから毎日ツン子さんは、僕に声をかける。

「童貞くん、身体ふこうか?」
「いや、いいです」

 次の日も。

「童貞くん、そろそろ……」
「いや、いいです」

 それが一週間ぐらい続いた。

 毎日断っていれば、あっちが引き下がってくれるだろうと、僕は高を括っていた。

 しかし、その朝は違っていた。

 ツン子さんはいつものように、タオルを片手にこう言う。

「童貞くん、身体……」
 言いかけて間に、僕は首を横に振る。
「いいっす」

 そう断ると、ツン子さんは見たことないような怖い顔で怒った。

「あなた! そう言って毎日拭かせないじゃない! 早く服を脱ぎなさい!」
 僕はビックリした。
 若い男子だから、裸を見せる行為が恥ずかしいと、なぜわからないのだろうか?

 ビビった僕は、渋々パジャマを脱ぐ。
 そして、ズボンも脱ごうとしたその時だった。

「あ、下はいいのよ」
 苦笑いするツン子さん。
「そうですか……」

 ベッドに座ると、ツン子さんは優しくタオルで僕の背中を拭いてくれた。

「ね? 気持ちいいでしょ……」

 その声は先ほどまでの怖いツン子さんではない。
 とても優しくきれいな声だ
 
「は、はい……気持ちいいっす」
「でしょ♪ ほら? 胸も拭いてあげるから、前見せて」

 ツン子さんの顔を見ると、彼女はどこか満足そうだった。

「しばらくお風呂入れなかったものね、童貞くんは……。キレイにしてあげるからね」
「は、はい!」

 年上の女性に優しくされた僕は、緊張から身体がカチコチに固まってしまった。

 しかし、若い男性の素肌を無理やり脱がせてまで、拭きたい……だなんて。
 ツン子さんは、きっと僕の裸が目当てだったんだ。

 まさか! この人、僕に惚れているのかもしれない!?
 母さんが還暦を迎えたころ、老眼鏡が必需品となった。

 だが、普段はメガネをかけない。
 本を読むときや新聞を読むときぐらいだ。

 だから、よく眼鏡を忘れがちだ。
 肝心なときに「あれどこやったかな?」と言っている。

 あと酔っぱらって、何回か電車に忘れてきたこともある。

 それを見ていた僕は、還暦の誕生日プレゼントはメガネの紐にしようと思った。
 しかし、母さん曰くダサいから好きじゃないとのことで……。

 僕はおしゃれな紐を探しに、博多まで足を運んだ。

 いろんな眼鏡屋さんに行って「おしゃれな紐ないですか?」と聞く。
 店の人はこぞって、難しい顔をしていた。
 半日かけて博多を歩き回ると、やっとのことで、それらしき店を見つける。

 若い女性店員で、眼鏡屋ということもあって、自身もピンクのめがねをかけていた。
 背が小さくて細身の可愛らしいお姉さんだと思った。

 僕が声をかける。
「すいません。おしゃれな紐ありませんか?」
 お姉さんは優しく微笑む。
「何点かございますよ」
 そう言うと、店の奥から何本か紐を出してきた。

「これがオススメですね♪」
 お姉さんが出してくれたのは、ピンク色の細い可愛らしい紐。
「あ、いいっすね」
「プレゼント用ですか?」
「そうなんです。母の還暦に……」
 言いかけて、あることに気がついた。

 母さんは、けっこう太っている。
 自ずと胸もでかい。
 紐の長さが気になる。

「すいません。試しに眼鏡に紐をつけてくれませんか? 相手は女性ですので……」
 僕がそう言うと、お姉さんは快く引き受けてくれた。
「いいですよ♪ 眼鏡を下ろすとこうなりますね」
 お姉さんは胸元に自身の眼鏡をおろす。
 自然と、眼鏡がお姉さんの胸へ、プニンプニンとバウンドする。
 コンパクトサイズだが、綺麗な形の胸だ。

「ん~ 母だとどうかな~」
 失礼だが、このお姉さんとサイズが違うからな。
「もう一回やってみましょうか?」
 そう言うとお姉さんは何度か、眼鏡をかけたり、下ろしたりを繰り返す。

 その度にプニン、プニン……と柔らかそうな胸が、眼鏡を弾き返す。

「ん~」
 僕はその一連の行為をじーっと凝視する。
「どうでしょうか?」
「そうですねぇ。もうちょっとやってもらえますか?」
「いいですよ♪」

 プニプニ……。

「どうでしょうか?」
「もう一回いいですか」

 プニプニ……。

 それが30分間ぐらい続いた。

 悩んだ末、僕は「一度他の店を回って考えていいですか?」とたずねた。
 お姉さんがニコッと笑う。
「全然構わないですよ~」
 何度も僕の注文を聞いてくれて、いい人だなぁと思った。

 その後、しばらく博多を歩いて考えを巡らせる。

 やはり、あのプニプニお姉さんの店が一番良かったなぁ。

「よし! あそこに決めた!」

 もう一度、お店に戻るとお姉さんが笑顔でお出迎え。

「あ、先ほどの……。おかえりなさい♪」
「さっきのやつ、ください」
「ありがとうございます~」

 だが、僕は心配症だ。
 もう一度だけ、お姉さんに言ってみよう。

「すいません、不安なので……。もう一度、紐の長さ見ていいっすか?」
「いいですよ~ ハイッ♪」

 プニン。
 
 ふむ……。

「あの、すいません。もう一度いいですか?」
「構いませんよ♪」

 プニプニ……。

 ハッ!?
 なんてことだ!
 このお姉さん、嫌な顔一つもせずに、接客とはいえ、僕にパイパイをプニプニさせている!?
 それを何度も何度も……。

 まさか! この人、僕に惚れているのかもしれない!?
 とある年の暮れ……。
 僕はカノジョにプレゼントをあげようと考えていた。

 以前からカノジョは「新しいバックが欲しい」と言っていた。
 確かに持っているバックはボロボロだったから、彼氏としてかわいそうだなと思っていた。

 ただ、カノジョのリクエストはなかなかに難しい。
 革製のちょっと大人びたバックが良いなんて言うもんだから、彼氏の僕は探すのに苦労する。

 福岡県民の僕からすると、とりあえず「天神(てんじん)に行くか」となる。

 東京だとどこだろう? 渋谷とか? ま、そんなどこだと思ってもらえれば……。

 いわゆる若者の街で、だいたい若い女の子の買い物は天神と決まっている、気がする。
 なので、僕は普段なかなか足を運ばない天神へと一人向かったのである。

 行くところ行くところ、なかなかカノジョが欲しがるものがない。
 参ったなぁと、あきらめかけていたその時だった……。
 とあるビルの地下で、小さなお店を見つけた。

 主に革製品を扱ったしぶいお店だ。

 店長も中年だが、ヒゲが似合うカッコイイ大人って感じで。
 僕は店に入ることにした。

 それを見て、店長が優しそうに声をかけてくる。

「プレゼントですか?」
「あ、そうです」
「カノジョさんっすか?」
「ええ、まあ……」
 
 しばらく、店長と談笑していると、店の奥にあった電話が鳴り響く。

「あ、すいません。ちょっと、僕外れますんで、お店の若い子に変わりますね」
「は、はい……」

 そう言って、店長が若い女性店員と交代する。

 髪の色が少し明るめで、ショートボブの美人さんだった。
 参ったなぁ。
 僕はシャイだから、あっちの店長の方が話しやすかったのに……。

「こんにちは~ 店長から聞いたんですけど、カノジョさんにプレゼントを探してるんですって?」
 妙に馴れ馴れしい人だなと思った。
 もう真冬だというのに、胸元がざっくりと開いたセーターに、チェックのショートパンツ。
 しかも、網タイツまで履いちゃって……。

「どんなのお探しですか~?」
 僕に質問してくる際も、腰をかがめて胸元を強調してくる。
 まったく無防備な女性には困ったものだ。
 一応、ここは紳士的な対応で……。
「えーっと、革製のなんていうか、長持ちするバックを探していて」
 言いながら、僕はしっかり、あみあみなタイツと胸元を交互に見てあげる。
「でしたらぁ。これなんか、良いと思いますよ~」
 そう言って棚から、取り出したのは、キャラメル色のショルダーバッグ。

 お値段はなかなかに高いが、まあ何年も使うならいっかと納得する。
 しかし、ここでちょっと一つの疑問が浮かぶ。

「あの、すいません……」
「はい? なんでしょう?」
 お姉さんは、僕のカノジョより少し背が高い人だ。
 紐の長さが気になった。

「すいません、バッグをかけてもらっていいですか?」
 僕がそう言うと、お姉さんはニッコリと微笑む。
「いいですよ~ カノジョさんにあげるんですもんねぇ♪」
 お姉さんは、快くショルダーバッグを肩からかけてみる。

「こんな感じですねぇ♪」
 僕は上から下まで、お姉さんの全身を見渡す。
「う~ん……」
「どこか、気になります? バックは腰あたりにかけますもんねぇ。後ろ向きましょっか?」
「あ、お願いします」
 そして、お姉さんは、僕に背を向けた。

 腰をかがみ、お尻をグリッと強調して、僕に見せつける。

「こんな…んふっ。感じですねぇ」
 腰を曲げているため、自然と息が漏れる。
 肝心のバックは、お姉さんのお尻より少し下に垂れてしまっている。

「どう……ですか? カノジョさんにあいそう……ですか?」
「えーっとぉ……」
 お姉さんはずっとお尻を突き出している。対して、僕は顎に手をやり、その姿を食い入るように眺める。
 気がつけば、店に入って一時間ぐらい経ってしまっただろうか?

 最初に応対してくれた店長さんが、戻ってきた。

「お客様、そのバッグが気に入られましたか?」
「あ、そうっすね」
 と言いつつ、二人して、お姉さんの小尻とバッグを交互に見つめあう。

「これねぇ、いい革なんですよぉ。汚れがまたね、いい味を出してくれてね。10年以上持ちますよ」
 店長がお姉さんの尻を指差して、解説をはじめる。
 その間もずっとお姉さんは、尻を向けたまま、顔だけ出している。
「んふっ。私もこれでいいと思いますよぉ~」
 そろそろ、このお姉さんを解放してあげないと、腰を痛めそうだ。
 僕が「もうこれにします……」と言いかけようとするのだが、店長がそれを静止する。

「見てください! この鮮やかな色! 絶対、カノジョさんが気に入りますって!」
「は、はぁ……」
「ちょっと、触ってみてください!」
 そう言って、お姉さんの腰下に垂れているバッグを触らせてもらう。

「ね? やわらかいでしょ? それからね、人間の手の脂がね、つくとまた良い色になるんですよねぇ。僕が海外で直に輸入してきたもので……」
 店長の説明は終わることを知らない。
 僕はバッグを購入するまで、店に入ってから2時間もかかった。

 もちろん、お姉さんは僕にずっとケツを突き出したままだ。

 まさか! この人、バックの意味をはき違えていやしないか!

 ぼ、僕にほ、掘れ……。いや、惚れているのかもしれない!?
 僕は中学生の時にその漫画と出会った。

『隻眼の狂戦士』

 惜しくも2021年、作者様が亡くなってしまった。
 この世で大好きなマンガベスト3の一つだ。

 中学生時代のころ、僕は主人公にめっちゃハマった。
 身の丈を超えるような大剣を振り回す黒き戦士。
 最高じゃないか。

 その主人公は、夜になるとバケモノに襲われるのだが、他のキャラがそれを心配すると、決まってこういう。
 背を向けて、剣を構え「いつものことさ……」と。
 そう言い残すと、夜が明けるまで血まみれになりがなら、戦うのだ。

 くしくも未完で終わった作品だが、僕の人生におけるバイブルとして、今も心に深く刻まれている。
 そして、この作品の特徴として、もう一つある。

 なかなか新刊が発売されないことである。
 これはもう、あんな繊細な描写を書くのだし、先生が苦労されているので、ファンなら待つのは苦ではない。
 何年経とうとも……。

 だから発売日になると、ウキウキで本屋に走っちゃう。
 僕は電車で隣り町の本屋まで新刊を買いにいった。
 帰宅するのが待ちきれず、帰りの電車内でビニールを破ると、読みだした。

『いつものことさ……』

 かっこいい!
 くぅ~ 僕もこんなセリフ言ってみたいもんだ。
 読了すると、本を閉じて余韻にひたる。

 ふと、反対側の席を見ると、ひとりの若い女性が座っていた。
 驚くことに、僕と同じ新刊を手にしていた。
 眼鏡をかけた大人しい子で、食い入るように、あの名作を楽しんでいるようだ。

 なるほどなるほど、こんな若い女性も好きなのかぁ。
 さすがは、先生の作品だ。
 僕は自分のように、その光景を優しく見守っていた。

 その子は僕の視線に気がつくこともなく、本を読んでいる。
 読書家の彼女に感心していると、僕はあることに気がつく。

 それは、彼女の足元だ。
 膝丈ぐらいのミニスカートを履いているのだが、わずかに隙間が見える。
 どうやら、マンガに熱中しているせいで、太ももの力が緩んでいるようだ。
 徐々に、その開き方は大胆になっていく。

 車内を見渡すと、僕と彼女しかいない。

 気がつけば、彼女の太ももは全開だ……。
 つまり、シマシマのパンティが丸見え。
 
 わざわざ僕の目の前に座り、パンツを見せつけるだと!?
 しかも、同じマンガまで用意して……。

 まさか! この子、僕に惚れているのかもしれない!?
 いつものように……。

 了

作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作品のキーワード

この作家の他の作品

7億当てるまで、死ねません!

総文字数/23,654

ヒューマンドラマ148ページ

本棚に入れる
表紙を見る
殺したいほど憎いのに、好きになりそう

総文字数/37,574

青春・恋愛24ページ

本棚に入れる
表紙を見る
悪役令嬢に転生しても、腐女子だから全然OKです!

総文字数/25,462

異世界ファンタジー19ページ

本棚に入れる
表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア