「ここが評判のお店じゃな」
「はっ! 先の大戦で最も大きな功績を上げられた、伝説の勇者アベル様が経営されている伝説のお店でございます」
「おおお…… ついに来てしまった。アベルに会えるのか…… 感慨深いのう…… 眼からこぶ茶がこぼれそうじゃ」
 ここはエトランシアという国。
 突如現れたモンスターたちが、破壊と殺戮の限りを尽くし、国は荒れ、人々はいつも怯えて暮らしていた。
 そしてモンスターに対抗するため、肉体を極限まで鍛え上げ、立ち向かう者が現れた。
 彼らは闘士や、剣術士などと呼ばれ、さまざまな武術を修め、勇敢な炎の心を持つ戦士たちだった。
 一方、超常の力を探求する者も現れた。
 魔法使いと呼ばれるその者たちは、火、水、風、土の四大元素を極大化する業を使い、森羅万象に通じた。
 その中でも魔力を究めた者には、魔道士の称号が与えられ、尊敬と畏れをもって称えられた。
 戦いは熾烈を極め、大地には戦士と魔法使いの屍が至る所に転がる地獄絵図が描かれるのだった……
 1年ほど前、モンスターを殲滅すべく、帝都テイシアで編成された、史上最強の殲滅部隊がモンスターの本拠地に近いロダニア山を攻撃した。
 これが世にいう、ロダニア大戦である。
 この戦いで最も大きな戦果をあげ、最も多くのモンスターを倒したと言われるアベルは、最高の栄誉である「勇者」の称号を受け、国民から称えられる。
 だが、望めばどんな役職にもつけた彼だが、忽然と姿を消した。
 そして、半年ほど前に、地獄の激戦区と言われるロダニア地方に、大きな飲食店を開店したのである。
 従者グレッグが、店の開き戸を開けた。
「失礼する! どうぞ、ライオス様…… 」
「うむ」
 国王ライオスは、重々しく頷くと、ゆっくりと店内へ入っていく。
「アベル! 」
「ん? おおっ! ライオス様じゃありませんか! 使いをよこしてくだされば、このアベルがお迎えと警護をしましたのに! 」
「ふふふ。相変わらずじゃのう。伝説の勇者よ。アベル。お前に会いたくて来たのじゃ。ワシはのう…… 国王としてではなく、一人の男として、お主を尊敬しておる。伝説の男がどんな理想を描き、このロダニアにどんな店を出したのか、どうしても見たくてのう。国を放り出して来てしまったというわけじゃ」
「何を仰いますか! このアベルは、国に仕えるなどというガラじゃありませんからね。こうして逃げ出して来たのですよ」
「アベル! 久しぶりだな! 」
「グレッグか…… お前が国王様を守って来たのだな。伝説の魔道士と言われるお前がいるならば、心配はいらなかったな」
「大戦以来だな…… 伝説の勇者アベル、伝説の剣術士アルベルト、そして俺の3人でパーティーを組んだ時には、ドラゴンも逃げ出したものだったなぁ…… お前を見てると、またあんなヤンチャをしてみたくなってくるな…… 」
「ははは。よせやい。俺は平和主義者なんだよ。ヤンチャなんて、お前とアルだけだよ」
「ところで、アベルよ。店の入口にあった看板の『蕎麦』は、何と読むのじゃ? 」
「あれは、東の国の言葉で『ソバ』と読みます」
「ほほう。聞いたことがあるのう…… じゃが食べたことがない。ぜひ食べてみたい」
「ここでは、自分の蕎麦を自分で打ってもらうんです。ですが国王様には、自分が打って差し上げましょう」
 アベルはライオスに、席を勧めた。
「ここは、お前の店じゃ。ここではアベルが国王なのじゃ。ワシはタダのジジイとして、この店の流儀に従うことにする…… 教えてくれんか。蕎麦の作り方を」
 ライオスは、澄んだ瞳でアベルを見つめていた。
 アベルはしばらく考え込んだ。
「わかりました。少々お待ちください」
 奥の厨房で、何やら準備を始めた様子だった……
 しばらくすると、奥で大きな物音が響いた。
 ドカッ!
「コラ! てめぇ、手抜きしやがったな! 水まわしをいい加減にやったんじゃねぇのか! 今度やったら、ドラゴンのエサにするぞ! 」
 アベルの声が響いた。
「すんません。おらぁ、昔から何やっても満足にできないんでさぁ…… 水まわしなんて、難しい技術は、おらには無理でさぁ…… 」
 半泣きになっている男の声がした……
 バキッ!!
「ぐはぁ!! 」
「てめぇもか! そんなザマだから、ドラゴンに殺されかけるんだ! 心を磨け! 剣を振ったってお前なんざぁ、おいしいエサになるだけだ! 」
 何人かお客さんが来ているようだ。
 ロダニア地方には、強いモンスターが多く、時々ドラゴンも出現する地域である。
 見渡す限り草原のステップ地帯と、砂漠、岩場が広がっていて、食料は少ない。
 だから、アベルのこの店はこの地方に来た冒険者が必ずと言っていいほど立ち寄る場所だった。
 こうしている間にも、いつモンスターが襲撃してくるかわからない。
 グレッグは油断なく周囲の気配を探っていた。
 不意に立ち上がったグレッグは、外に出ていった。
「ライオス様は、店に戻っていてください」
 ライオスも一緒について来た。
「いや。ワシが戦おう。というより、アベルがこうして店を出してくれたおかげで、冒険者が集まり、ロダニアのモンスター討伐が進んでいるのじゃ。国王としてできることをしておきたいのじゃ」
 ライオスは、腰の剣に手をかけた。
「この剣は、飾りの宝剣ではないのじゃ。最強の勇者と呼ばれた、ライオスの力を見せてやろう…… 」
 こう言われては、引き下がるしかなかった。
「お畏れながら、私は後衛として、周囲の索敵をしながらサポートいたします」
「ふふふ。腕が鳴るのう…… 」
 ライオスは、舌なめずりをして、不敵に目を怒らせた……
 ドラゴンが3体、上空を滑空している。
 そのうちの1体が、こちらに首を向け、火炎を吐いた!
「ルッティン!!! 」
 ライオスが唱えると、2人はドラゴンの背後に瞬間移動した!
「そのまま飛んでいると、炎の剣の餌食じゃぞ! 」
 剣を一度振り抜き、右後方へ向けて、そのまま身を沈めた……
「そりゃああぁ!! 」
 ゴオオオォォォ……!!
 ドラゴンの5倍はあろうかという巨大な火柱が3本上空へ伸びていく!
 1体が火炎に飲み込まれた!
「ぐぎゃああぁぁぁ!! 」
 一瞬で黒焦げになったドラゴンが、遠くに墜落していった……
 残りのうち1体が地面に降りてきた。
「カロロロロオォォ…… 」
 仲間を殺されて、怒りに燃えた目をしているように見えた……
「ライオス様! 危険です! グレッグに任せてください! 」
 そのドラゴンは、ひと際大きく、不気味に身体が黒光りしていた……
「アベル! こいつは…… 」
 店からアベルも飛び出してきた!
「バハムートかも知れん! 魔光を使え!! 」
 その時、遥か彼方から剣が飛んできた!
 グサッ!!!
 もう1体いるドラゴンの、首元に命中した!
 グオオオオオォォォ……!!
 竜巻に飲み込まれたドラゴンは粉々に切り裂かれ、砕け散った!
「あれは…… 風の剣! 」
「うおおおおぉぉぉああぁ!!! 」
 あっという間に戦士がライオスの前まで駆け寄ってきた!
「アルベルト! 」
「おい! 何でバハムートが出たんだ!? 」
「わからん! だが、ピンチだ!! 」
「んなことは、わかってんだよ! 何とかしろグレッグ! 」
「そうだ! 早くやれ! グレッグ!! 」
「むう…… バハムート…… まあ、ワシが死んでも跡取りがおる…… じゃが、蕎麦を食えなかったのが心残りじゃ…… 」
 グレッグは、瞑想を続けている……
 辺り一帯の気が、グレッグに集まって来ていた……
 その時……
「お前たち…… 」
 バハムートが話しかけてきた。
「むっ! ちょっと待て! バハムートが何か言うのかも知れんぞ! 」
 ライオスがグレッグを制した。
「人間が、我らに対抗するために産み出した、数々の秘術…… 称賛に値する…… 」
 バハムートは眼に穏やかな光を称えていた……
「何を言っているんだ? 俺たちを殺しにきたんじゃないのか? 」
「我は神獣バハムート! 人間とモンスターの永きに渡る戦いを見守ってきた…… 」
「自分は傍観者だとでも言いたいのか! 」
「まあ、待て。アルベルト…… うまくやり過ごせるかも知れんぞ」
 ライオスが前に進み出た。
「我が名はライオス! エトランシアを治める国王じゃ。お主は何を望む? 」
 バハムートは、ライオスを睨みつけた……
「お前は…… 覚えているぞ! 我の腹に刀傷をつけた、唯一の冒険者! そうか。国王になっていたのだな…… 」
「乱世では、真に力のある者が国を治めるべきなのじゃ。お飾りで国王は勤まらん! ワシは、この歳になっても隠居などさせてもらえず、最前線に出ているのじゃ…… そろそろ日向ぼっこでもしていたいがのぅ…… 」
 バハムートは天を見上げた……
「ライオス…… お前の死に場所は、荒野以外にあるまい…… ここに集まった3人の勇士は、いずれも至高の戦闘能力を備えているようだ…… お前たちが中心になって戦いの結末が揺れ動いていく…… そして、これからロダニアで、先の大戦を上回る戦闘が行われることになるだろう…… 」
「どういうことじゃ? 」
「モンスターが現れたことには意味がある…… それを知ることになるだろう…… 」
「モンスターが現れた意味……? 」
 バハムートは10メートルはある両翼を広げ、空に飛び立った!
「グオオオォォォ……!! 」
 雄叫びを上げると、彼方へと飛び去って行った……
 4人はしばらく、バハムートが飛び去った空を見上げていた……
 最強のドラゴンが与えた、圧倒的なプレッシャーが、いつまでも身体に残っている気がした……
「ふう…… 命拾いしたかも知れん…… 」
「準備もせずに、いきなりバハムートと戦えるほど甘くはない。魔光を放っても、全滅させられただろう…… 」
 グレッグは全身に汗を滴らせている。
「話には聞いていたが、圧倒的な威圧感だった…… バハムート、奴は敵なのか? だとすれば、勇者だの伝説の戦士だのと言っても、無力な人間の敗北だ」
「アルベルトまで…… まあ、更なる高みを目指して、俺たちも精進しなくてはならないな」
 アベルは無理に笑顔を作って見せた。
「ふむ。嘆いていても始まらぬ。次はこの老いぼれも、刀傷を2つ、3つとつけて見せようぞ! バハムート! 恐そるるに足らん! 」
 ライオスは勇士たちを鼓舞しようとした。
 だた、モンスターは底なしの強さを秘めている。
 人間は、努力をして一歩ずつ階段を登る様に力を高めていくしかないが、どこまで登っても上がいる。
 それを思い知らされたのだった……

 店に戻ると、アベルが用意した蕎麦の、こね鉢に向かった。
「ライオス様、アルベルト、グレッグ。まずは水まわしをしてみましょう…… 」
 アベルが、水を注ぎながら蕎麦粉を練り始めた。
「ほほう! 不思議な手つきじゃのぅ。魔道士がこんな動きをするのを見たことがあるのぅ…… のぅグレッグ! 」
「はい。『空気を練る』と表現しています。私には、割とできそうな気がします」
「何!? もう勝利宣言か! 」
「アルベルト…… 別に勝負してるわけじゃないぞ…… 」
「うおおおおぉぉぉあぁぁ! 」
 凄まじい勢いで、アルベルトがこね始める!
「うっ…… やっぱりそうなるのか…… 」
 蕎麦粉が辺りに飛び散った!
 ビシッ!
「ちょっと! アルベルト! 蕎麦粉がもったいないだろうが! 」
 アベルが横面をはたいた!
「グッ! 伝説の勇者の一撃は効くじゃねぇか…… 」
 ライオスは黙々と蕎麦粉を練っていた。
「ライオス様。やはり筋が良いですね。これはお世辞じゃありませんよ! 」
 アベルは驚いて言った。
「ふむ。ワシは昔から凝り性でのぅ…… 壺や皿など焼き物などを作ったこともあるのじゃ。その要領でやってみた…… 」
「さすが、伝説の勇者にして、現国王様…… 不器用では勤まりませんな…… 」
 グレッグも素直に感心した。
 こうして、ドタバタと蕎麦が出来上がった。
「始めは無茶苦茶だったアルベルトも、気持ちが落ち着いたら見違えるようにできるようになったな…… 」
「伊達に伝説の戦士やってないってば! 」
「うむ。すぐに反省して立て直すところが、アルベルトの長所だな」
「いただきますっ」
 それぞれ箸を持って蕎麦をすすり始めた。
「こういう風に『ズズズ』って音を立てて食べるものなのです」
「ほほう。なかなか奥が深いのぅ」
「おっ! うまい! うまい! 」
「運動の後の一杯は最高だな! 」
「殺されるかと思った後だから、余計に味わってしまうな。生きていればこそだ! 」
 グレッグはしみじみと言った。
 食べ終わると、4人は外に出た。
「こんなに広い蕎麦畑を作ったのか…… 」
「蕎麦は、米など穀物が育たない荒れ地に適した作物なんです」
「なるほど。だから蕎麦屋なのだな」
「ふむ。タダの趣味ではないんじゃのぅ…… さすが勇者アベルじゃ。深く考えての行動だったのじゃのぅ」
「そして、ステップ地帯のように寒暖差が激しい土地に適しています」
 ライオスは大きく頷いた。
「よし。これからここを拠点として、前線基地を築こう。良いかな。アベル」
「勿論でございます。このアベル、冒険者だけでなく、正規軍の方々にも来ていただければ、やりがいがあるというものです」
「俺は少しここに留まらせてもらおう。バハムートが来たばかりだし、モンスターの動きが活発になるかも知れない…… 」
「そうだな。アルベルト。遊撃隊の方には俺から話しておこう…… 」
 アルベルトは遊撃隊長、そして剣術士ギルドマスターとして、戦士たちを鍛える役目を担っている。
 こうして、国王の気まぐれな訪問が終わった。
 終わってみれば、ロダニア地方の戦況を左右する、前線基地建設予定地視察にもなった、
「はあ。しかし、蕎麦屋とはなぁ。アベル。お前も丸くなったのかと思ったが、色々考えてのことだったのだな。俺も遊撃隊をこちらによこして、蕎麦打ちの精神修養させるとするよ」
 その後、ロダニア地方では大きな動きがなかった。
 だが、依然として冒険者たちはモンスターと、壮絶な戦いを繰り広げ、多くの犠牲が払われ続けるのだった。



この物語はフィクションです
この作品は
グラディウス ~天稟の魔道士~
グラディウス ~風の剣術士~
の外伝として執筆しました