石山商事には4月に新入社員が入社して結璃菜も後輩が出来たと思ったが……秘書課に配属されたのは
「坂本樹里(さかもとじゅり)です、22歳です、よろしくお願いします」
四年制大学を出ての採用で年上だった
秘書課のベテラン先輩につくと1度教えたことはすぐに出来るし、みんな嫌な外線からの電話もワンコールで素早く取る
私なんてまだ躊躇して先輩にまかせてるのに……
1週間先輩につくと私の隣に席が設けられた
休みの事も考えて私の仕事も教えないといけない
自分のノートを取り出して坂本さんに説明をする
「綺麗な字ですね」
坂本さんのノートに目がいく
「ありがとうございます、書道習ってるんで……」
「それでなんですね……」
坂本さんは私のノートを覗いてきた
「小鳥遊さんは……汚い字ですね」
口角を上げてニヤリとされた
「最近まともに読めるようになってきたのよ(笑)」
前の席の先輩がフォローしてくれる
「美人なのに、男性から引かれませんか?」
「とりあえず字で振られたことはないです
自覚はあるので今書道を私も習ってます」
「へぇ、楓丸くんから?」
「え?」
楓くんの知り合い?
「どうして……知ってるんですか?」
「私、結城流派なので……」
そう言うと仕事を始めた
仕事から帰ると楓くんにLINEを入れた
“仕事終わったら連絡ください ”
今は教室の時間だから電話は出来ない
10時過ぎに電話がかかってきた
「結璃菜?どうした?風邪とか?」
「ごめんなさい、お仕事だったのに」
「終わったから全然構わないよ」
結璃菜は新人配属で坂本樹里さんが来て結城流派と言って私の事を知っている事を話した
「樹里か〜」
呼び捨てなんだ……
「この前の展覧会の日に来てたと思う……多分」
「会話は私はしてないよね?」
忘れていたら失礼だから恐る恐る聞く
「してないな、最終日だから手伝いで来てたのかもな」
「私って1度見ただけで覚えられる顔かなー」
「もちろん(笑)美人だしな」
「坂本さんとは何も無い?」
「どういう事?」
「その……付き合ってたとか、寝たとか……」
「ないな、俺、流派の人とはそういう事はしない」
すぐきっぱりと言ってくれた
「あー、バレンタインはもらったことはあるかな」
「本命チョコだ」
「でも、何も言われてないしな」
「…………っ、私の字を汚いと……言われた」
「それは小学生から習ってる樹里にはそうだろ、あいつも師範持ってるしさ」
「師範!あっ、ねぇ仕事はわざとうちの会社じゃないよね?」
「それは偶然だろ、結璃菜と会ったのは10月だし、もう大手企業は決まってるんじゃないか?」
そっか、私も夏に内定もらったんだ
「楓くん、疲れてるのにありがとね」
「うん、気にするなよ」
「なるべく頑張る」
「まあ、気は強いかもしんないけど(笑)」
「え〜」
「結璃菜が見た目とのギャップがあるんだよ(笑)また何か言われたら聞くから」
「わかった、ありがとね、おやすみなさい」
楓くんとの電話で落ち込んでいた気持ちもだいぶあがってきた
楓くん関係なしに同じ課なんだから仕事とプライベートは分けなきゃなと思った
土曜日の午後楓くんの教えが始まった
「写真撮るよ」
「やっぱり恥ずかしいなぁ」
小学校1年生の課題のひらがなを書かされた
「まっすぐに線を引くのって難しいんだね」
「それを結璃菜が解ればもっと上手くなるよ」
ふう……
結璃菜は軽く息を吐いた
「今日はここまで」
「ありがとうこざいました」
「だいぶ集中してる時間が長くなったな」
「ほんと?(笑)」
結璃菜はシンクで筆を洗いコーヒーの準備をする
「楓くん、チーズ大丈夫?」
「うん」
「朝ね、チーズケーキ作ったんだー」
「え〜すげーじゃん」
「コーヒーも……ん?」
玄関からピンポンと音がした
「俺が出るよ」
「ごめーん」
古いアパートだから小さい丸い穴から外を見る
「結璃菜、男がいる」
「開けて聞いてよ」
鍵を開けてドアを開けた
「あれ?小鳥遊さんの家じゃ……」
「そうだけど、結璃菜に用?」
聞き覚えのある声がして水を止めて手を拭く
「将真、何しに来たの?」
「誰?」
「元彼」
「何で?」
「知らない……何で来たの?ボロいアパートだから1回しか来たことなかったくせにって言うか今日バイトでしょ?」
「結璃菜と話したくて休んだ」
「彼女がいるじゃん」
「……別れた」
シーンとみんな黙った
「元彼くんさ、二股かけて結璃菜の方を振ったのに今更?俺は結璃菜の今彼」
「マジでもう彼氏いたのかよ」
「前にデートって言ったじゃない」
「強がりで言ってるかと……」
「君ね、そんな風に結璃菜の事を信じないからダメなんだよ、まあ、結璃菜を振ったから出会えた訳だし少しは感謝してるよ」
「私もよ……次はいい子と出会えるといいね」
「…………っ」
将真は去っていった
「何だよ、彼女と別れたからまた結璃菜とより戻そうかと思ったのか?」
「多分ね(笑)よかった、楓くんがいてくれて」
「また来てもドア開けるなよな」
「わかった〜」
2人はインスタ用に写真を撮りチーズケーキを食べた
美味しいと褒めてくれた
夜は焼肉が食べたいと個室のある焼肉屋に食事にいった
「なぁ」
「うん?美味しいよ、お肉」
結璃菜は大好きなカルビを大きな口を開けて頬張る
「肉は旨いよ(笑)7月にさ旅行いかね?」
「旅行?」
「うん……書道ガールズ甲子園って知ってる?」
「映画になったやつ?見てはないけど」
「そう、俺さパフォーマンスし始めてから毎年見に行ってんだよ」
「でっかい半紙と筆だよね?ニュースで見たことあるかも」
「そう、学生の時やりたかった〜と思ってさ」
「いつなの?」
「多分7月の最後の日曜日だけどちょっと確認しとくよ、有給今度は俺の為に使ってよ」
「日曜日なら……」
「愛媛だよ?最後までいたら帰れないかも
それに有名な道後温泉入ってから帰りたいじゃん」
「温泉!いいね、月曜日に休みとればいいんだよね」
「うん、会社に聞いてみて」
「わかった〜」
楓くんから日程が決まったと連絡が入り私は有給届けを上司に提出した
「月曜日か……坂本さんが小鳥遊さんの仕事をすることになるからOKがでたらいいよ」
そんなぁ……前はみんなで振り分けてくれたのに
でも坂本さんには有給はまだないから大丈夫かな……
「あの……坂本さん」
「何ですか?」
「この日に有給取りたいんだけど大丈夫ですか?」
入社は先なのに年上の坂本さんにはやっぱり敬語を使ってしまう
坂本さんは届けの日を見た
「私も有給はないですけど欠勤でいいので休もうかと思ってた日ですね」
「そんな……」
前の席の先輩を見ると頑張れと目で訴えてくれる
「私もこの前師匠から勉強の為に行ってきたらと言われたんですよね」
うっ、師匠命令……
「それじゃ、日曜日に帰ってくれば…いいんじゃ……」
「はぁ……自分だけ楓丸くんとのんびりですか?」
う〜それはそうだけど私は有給あるしだし……
暫く坂本さんもおとなしかったのに
「ちょっと保留にさせてください
その前に来週の金曜日のビアガーデンの予定を組まないとって幹事頼まれてるじゃないですか」
「そうだね」
そうだった!
急だけど2人で決めてくれと先輩から言われたんだった
「今日中に探して見るね」
昼休みに久しぶりに同期のひまりと社食で食べた
有給のことを話すと
「ぜーったい、わざとよ」
「だよね、有給ないのに病欠ならともかく……おじいさんだってもう社会人なんだからそんな平日に無理言うかな?まだ書道の世界を知るのは全然だけど……」
楓くんと付き合いだしたことはひまりにも報告済みだ
「彼氏に相談してみたら?」
「今は……また展覧会で忙しいんだよね」
今週末は県外に出張って言ってたし……
「ひまり、あとさ、いいお店知らない?」
「あー、先週企画部でいったとこ教えよか?」
「お願いします」
「おk」
午後の仕事で席につくとひまりに教えてもらったお店を坂本さんに聞いてみた
「じゃあ、回覧回すので人数決まったら予約おねがいします」
カタカタとパソコンを打ち始めた
仕事が早いなぁ
坂本さんが来てから私気を遣ってばかりだ
普通ならほっとくんだけどなぁ
家に帰ってとりあえず来週の金曜日の飲み会と有給の保留をLINEしておいた
楓くんはチェイサーといって水を飲みながらお酒を呑むこと!と教えてくれた
あと、楓くんのいない時はビールだけにすること
最初の酔い方を知ってるから心配みたいで……
飲み会の時は連絡することになっていて家についたらLINEする事になっていた
仕事が終わった頃に了解と返事がきた
楓くんは結構マメだ
もっとわがままも言っていいとまでいってくれるのだが
それは今までの本気じゃない女性と同じだと私は思う
週末のデートも全部出してくれてるのに……
絶対旅行は自分の旅費は出すともう楓くんに宣言してある
じゃあ、宿泊費だけもらうよと言ってくれた
ちゃんと貯金も少しずつ出来てるし楽しみにしてるのだが……まだ坂本さんからは返事は貰えず
坂本さんは楓くんの彼女が私って事が気に入らないのかなぁ
それとも楓くんの事が好きなのかなぁ
考えながら眠りについた
あっという間に飲み会の金曜日がやってきた
全部で8人、ひまりに紹介してもらったお店はまだ新しく広かった
店員さん曰く国内の日本酒を売りにしてると聞いてみんなが日本酒を頼んでいく
「小鳥遊も日本酒飲めよ」
上司に注がれる
「私はビールで……」
「小鳥遊さんはずっとビール派ですか?」
坂本さんが隣にいつの間にか来ていた
「坂本さんは強いの?」
「まあ、人並みだと思います」
「私は最初に酔ってからあまり呑まないようにしているんです」
チェイサーの水を飲んだ
「まだ1次会ですよ?呑みましょう」
坂本さんに日本酒を注がれていく
「……楓丸くんはお酒が強いから付き合って呑んでるのかと」
「それが楓くんに呑んじゃだめって言われていて……」
「そうなんですね、酒癖が悪いんでしょうね」
ニヤっと微笑む彼女が怖い
「多分?」
と返事をしてチビチビと日本酒を口にする
「入社した会社名を師匠に話したら蒼雲の婚約者と同じだと聞いた私の気持ちわかります?」
「わからないです」
「美人な人と素直に思いましたよ」
「ありがとうございます」
「でも……字を見て引きました」
「……よく言われますぅ」
「楓丸くんの字は本当に勢いがあって講演もパフォーマンスも凄い人気なんですよ
婚約者の貴方は知ってますか?」
「知らないですけどーー
楓くんの仕事は徐々に理解していきますよ
坂本さんの年数と実績には敵わないですけど楓くんもゆっくりでいいって言ってくれるし……蒼雲じゃない楓くんの素を私は大事にしていきたいんです」
ドンと日本酒のコップをテーブルに置く
「私だって蒼雲と楓丸くんはそれなりに分けて接してます」
「じ、じゃあ……楓くんの携帯の色は知ってますか?」
「色?黒でしょ」
「ブッブー残念……坂本さんはあくまでも結城流派の一員なんです」
「せ、先週の出張は同行して楓丸くんの助けにはなったつもりよ」
お猪口を坂本さんの前に出すと注いでくれた
「私は楓くんの特別なんれす……」
ポケットから携帯を出した
「これは内緒れす……坂本さんだけですよ」
だいぶろれつが回らなくなっている結璃菜は楓くんのLINEを出した
「楓くんのLINEは誰もが持っている訳じゃありません、プライベートLINEでしゅ」
名前に楓丸と書いてあるLINEを見せた
「……持ってるわよ」
「あれ?」
坂本さんのLINEにも楓丸とあった
「なんれ?」
「小学生の5年生の時にお迎えに来てもらうために親から携帯をもたされていたのよ
もう夜の教室時間だったから……その時は楓丸くんは中学生で携帯持っていたし普通に交換してるわよ
バカね(笑)カバーなんか傷んだら変えるし」
「そうれすか……参りました」
「坂本〜、小鳥遊大丈夫そうか?」
「はい、何かチビチビ呑んでます」
「呑んでましゅ」
坂本さんはずっと私の隣から席を立とうとしない
「展覧会の時に振袖着てて順子ママが認めたのかなって思ったのは悔しかったわよ
小さい頃から樹里が支えるんだって思ってたし、順子ママからも言われてたから」
順子ママってお母さんのことかな?
“順子ママって? ”
“ 日本酒のんでる”
“ 会いたいなぁ♡”
無意識に楓くんにLINEを送っていた
「ちょっと、楓丸くんは夜の教室の時間でしょ、何LINEしてんのよ」
「あー、そうだった〜削除削除」
「邪魔しちゃだめじゃん」
「坂本さんは楓くんの事が好きなんですか?」
「それは……ただ楓丸くんの婚約者として何も知らない小鳥遊さんは合わないって」
「それは楓くんが決めることでしゅ……順子ママでもおじいさんでもありましぇん」
坂本さんの手に握られたコップはプルプルと震え出した
「もう、酔っ払いは相手にしません!」
やっと席から離れていった
1次会も終わり坂本さんが会計をして結璃菜は先輩に手を引っ張られていた
店を出るとプッっと軽くクラクションを鳴らす高級車が
止まっていた
「結璃菜」
楓くんの声だ
「楓丸くん、仕事は?」
「今日は自分の作品書いてたから師匠に教室は頼んだ」
結璃菜に寄っていき結璃菜を抱えてくれた先輩にお礼を言う
「小鳥遊結璃菜の婚約者です、ご迷惑をお掛けしました、つれて帰ります」
「はい、お願いします」
樹里は車に寄っていく
「小鳥遊さんが飲み会だったから教室休んだの?」
「まあね、樹里は酒強いし絶対呑んでると思ったからな、来て正解だ」
「どうして、教室を休みにしてまで小鳥遊さんを優先するの?」
「ん〜何でって言われてもな……大事だし?
それに酒呑んだら結璃菜は色っぽくて俺が我慢出来なくなるんだよなー
いい具合に酔わせてくれてありがとうな、じゃあ樹里も気をつけて」
結璃菜を車に乗せると2人は帰ってしまった
書道が1番大事じゃなかったの?今までずっとそう思って尽くしてきたのに……
樹里は薄らと涙を浮かべていた
「楓くん……」
「何?」
「送ってくれるの?」
「いや、送らないよ」
ホテルに着くとフロントで鍵をもらい最上階へ
「全く……嫌な予感がしたんだよな」
ベッドルームに連れていき服を脱がす
「お水……」
「ほら」
ペットボトルを渡してもこぼしながら飲む
「仕方ないなぁ」
楓丸は口に水を含み口移しで水を飲ませた
ゴクンゴクン
「あ〜あ、こんなにこぼして結璃菜は悪い子だね」
「こぼしてごめんなさい」
「もう、言うことがほんと可愛いな(笑)」
結璃菜を抱きしめた
久しぶりにこんなに酔った結璃菜を見たな
まあ俺が制限させてたけどさ……
「う〜ん……眠い」
「だめだよ、結璃菜はこれから俺に朝まで抱かれるんだからな」
「楓くんいじわるぅ、でも好きぃ」
もう限界だ……楓丸は結璃菜を激しく抱いた
9時に目覚ましをかけていた楓丸は目を覚まし
「朝か……やべっ」
部屋のメモ帳に殴り書きをして急いで部屋を出た
〝 午前中の仕事終わらせてくる〟
楓丸が仕事を終えてホテルの部屋に戻ると結璃菜はまだベッドで寝ていた
ルームサービスを頼みシャワーを急いで浴びた
すぐにルームサービスが運ばれる
「結璃菜、メシにしよう、腹減って限界」
楓丸の声ですぐに起きた
「うん、お腹減った〜」
バスローブが側に置かれていたからはおって食事をする
「結璃菜、今まで起きず?」
「……うん、だって楓くんが寝かせてくれないもん」
「俺、朝の仕事してきたよ(笑)」
「あっ、土曜日の午前中の教室か」
「うん……昨日の記憶ある?」
「うーん所々かな」
「樹里と話した?」
「話したけどね〜」
結璃菜はため息をついた
「坂本さんはね、やっぱり楓くんの事が好きなんだと思う」
「そうかなぁ、あっ、順子ママは母さんの事な」
「え?順子ママ?」
「携帯見てみろ(笑)」
楓くんは自分の携帯を見せてくれた
ホントだ……書いてある
「前にさ、お母さんは楓くんの事をあまりよく思ってないかもって言ってたじゃない?」
「うん」
「坂本さんの話を聞いてて違うなって思ったの」
「でも普通は兄貴に継がせたいだろ」
「お母さんて自分の仕事をちゃんと持ってるじゃない、だからお兄さんが教師になりたい時も反対しなかったでしょ?」
「まあな、だから全部俺に押し付けて……」
「違うの、坂本さんと結婚させて、結城流派を守ろうとしてたんだと思うの
だからおじいさんも嫁の顔を見たいとか、やっぱり親子だからさ〜
跡を継がなかった後ろめたさはあると思うのよね」
「でも樹里とは一緒になれとは言われてないけど」
「坂本さんにはそれとなく早く嫁でもって話してたんじゃないかな〜
それが思いのほか私を婚約者のフリで紹介したから坂本さんの方はもう諦めて私を認めたんじゃないかな、彼女いたのかって……」
パチッと指を鳴らした
「結璃菜、冴えてるじゃん(笑)」
「でも〜有給とらせてくれないのはひどいから!それと!楓くん!」
「はい」
「坂本さんのLINEがプライベート携帯に入ってるの軽くショックなんだけど?」
「あー、昔いれたからか」
携帯を操作して目の前で消してくれた
「え?いいの?ごめん、ちょっとヤキモチ妬いただけだよ」
「いいよ、使ってないし、最近は仕事用の方で動かしてたから」
「先週も一緒だったんでしょ?」
「仕事は仕事(笑)仕事から離れるためにホテル泊まったりしてるの結璃菜に話したろ?」
「うん、もうわかった(笑)でも坂本さんには言えないじゃん」
「だな……ご馳走様」
「ご馳走様でした」
食事を下げてもらって楓くんは少し寝るとベッドに入った
どうしようかな、今日本当は練習日だし
1度帰るか
楓くんのメモ帳の上から
〝 着替えに帰ってきます〟
と書いて家に戻った
1時間程して楓丸が起きてメモ帳を見る
ちょっとは上達してるじゃん(笑)
結璃菜の伝言の字を見て嬉しくなった
“ 明日ホテルから会社に送ってやるから着替え持ってきておいて”
さて……明日には……
次の日の朝食を食べながら楓丸が言った
「結璃菜、今日は買い物に行こう」
「買い物?服とか?」
「指輪」
「指輪って?」
「婚約指輪だよ」
「えー、いいよ、勿体ない」
「俺は昨日会社の人に婚約者と言った」
「ごめん、覚えてない」
「指輪しておけば会社で結璃菜の事を狙う男もいなくなるし、樹里も流石に諦めるはず」
「うーん……でも安いのにしよ」
「もう、俺はいつ結婚してもいいと思ってるんだよ?」
「ありがと、ちゃんと考えるね」
そして結局はそこそこのお値段の指輪を買ってもらった
楓くんには適わないのだ
何でも言いくるめられてしまう
月曜日は本当にホテルから会社に送ってくれた
「ありがとうね」
「うん、あっ、樹里おはよう」
楓くんは坂本さんに声をかけた
「おはよう楓丸くん、おはようございます小鳥遊さん」
「樹里、俺の婚約者をからかうなよな」
「別にからかって……っ何でこんなとこで!?」
車から手を出し結璃菜の頭を引き寄せてキスをした
「楓くん……」
結璃菜は楓丸のキスに弱い
周りは関係なくトロンとなる
「仕事頑張れよ!好きだよ、結璃菜」
楓くんかっこいい〜
窓から手を振って車は去っていった
着替えを済ませて席につき、パソコンを立ち上げる
少し遅れて坂本さんが席に座った
始業まで婚約指輪を眺めていると目の前に有給届けが渡された
「休んでもいいですよ……」
「本当に?ありがとう」
「その代わりお土産たくさん買ってきてくださいね」
言い方はぶっきらぼうだったが認めてくれたのだと思った
やったー!温泉!
いや、楓くんのお仕事お仕事
結璃菜は溶けるような笑顔になっていた
指輪効果だわ
ニヤケが止まらない
さすが私の婚約者!!
END