え?出会って次の日に婚約者?



玄関のドアが開きバタバタと走る音がした
「こら!走るな」

すると襖が開き
「こんにちは」
と小学生の男の子が顔をだした

「こんにちは」
と結璃菜も挨拶をする

「楓丸兄ちゃんのお嫁さん?」
「まだだけど翔吾にも見てもらおうと思って連れてきたよ」

「ふーん」
「あれほど毎週走るなと言ってるのに……
あっ楓丸の兄の恭平(きょうへい)です」

「あっ、小鳥遊結璃菜です」

おじいさんはお父さんにお寿司のお代わりを要求していて、翔吾くんと恭平さんにも準備していた

「楓丸なんて一日中家にいるのにいつの間にこんな美人を見つけたんだい?」

お兄さんから質問を受ける
「友達のBARで意気投合したんだよ」

暫く2人が話しているとおじいさんが椅子から立ち上がった

「ご飯が済んだら母屋に来なさい、翔吾」
「はい!」

お兄さんのお嫁さんは飲食店で働いていて日曜日も仕事の時があるらしい

だから大抵は昼食も兼ねて毎週実家へ来るそうで……
昼から翔吾くんにおじいさんが習字を教えるのだそうだ

お兄さんも結城流派の理事まで資格は取得しているが教師をしたくて定年したら教室も手伝うように決めていると話していた

それでおじいさんは楓くんの方を跡継ぎに考えて可愛がってるんだな

食事が終わると楓くんの部屋に行くことになった
2人になると少し緊張もほぐれる

「お寿司美味しかったよ」
「朝食べてないからだいぶ俺も食った」

楓くんは部屋にごろんと大の字になった
楓くんの部屋は畳の上にカーペットを敷いていた

「ねぇ、私の所に毎週通うの大変だったら翔吾くんと習ってもいいよ、小学生並の実力だし」

「俺が教えたいの、それにいつも家にいるから外に出たい」

可愛く拗ねるように言われた

「じゃあ、いいけど(笑)狭いとこで申し訳ないね」

「狭いのもいいじゃん、結璃菜と近い(笑)でもあの部屋では結璃菜の声は洩れるからそこだけ勘弁な」

「もう、そういう事ばっか言うんだからぁ」
「でもそうだろ?」

「うん(笑)いつかベッドの置ける部屋に引っ越すんだから」

自分の目標にグッと手に力がはいる

「結璃菜、ベッド置いたからって壁の薄さだよ?」
「う〜」

「声出し禁止もいいかもな(笑)」

楓くんはお腹を抱えて笑った

私は楓くんのお腹をグッと押さえた
ごめんごめんとお腹の上の手を離された

「ねぇ、お兄さんが跡を継ぐまでいないから楓くんは跡取りに名乗り出たの?」

「ま〜それもあるけど、兄貴は本当の兄貴じゃないんだよ」
「え?」

「まあ、俺が違うんだよね」

楓くんは座ると自分の生い立ちを話してくれた


おじいさんとおばあさんには娘2人が産まれて姉は着付け教室を開き婿養子もとった

そしてお兄さんが生まれたそうだ

楓くんは下の娘さんの子供で両親は事故で小さい時に亡くなったそうだ

お母さんは楓くんをおじいさんの養子として入れたらいいと言っていたけどお兄さんが一人っ子だったため周りに説得されて養子を受け入れたのだと

だからお母さんにはあまりよく思われてないと言っていた

でもお父さんやお兄さんにはよくしてもらったしお兄さんが教師になりたいと言ったから自分が跡取りになろうと決めたと

将来お兄さんが定年して継ぐなら個人で活動していくことも視野にいれているそうだ

だから公演や、パフォーマンス、展覧会など積極的に出て人とのつながりを大事にしてると

土日に仕事が入る時はスイートルームで普段使わないお金をパーッと使ってストレス発散に呑んだり食べたりしていると話してくれた

「ありがとう、色々辛いことも話してくれて」
「全然辛くないよ、ちゃんと前向きだから(笑)今度は外の仕事も見て欲しいな」

「見てみたい、楓くんの書くところ(笑)」

夕方にはおいとまして夕食を食べて帰ろうということになった

普通のお店でいいよと言うけれどやっぱりホテルでの店の個室の部屋に通された

パフォーマンスの仕事が入って来た頃に視線を感じたことがあるらしくて落ち着いて食事出来なかったと話してくれた

だから個室のある店を調べているらしい

話すたびに楓くんの事を知ることが出来る
それは全部納得できることで、こんな考えは合わないとは1度も思ったこともない

「別に俳優でもアイドルでもないんだけどさ、誰かと一緒の時は相手に迷惑がかかるだろ?」

「楓くん、真面目」
「最近真面目になった(笑)」

そっか……おじいさん関係の人もたくさんいるだろうし1人で教室してる訳じゃないものね

「楓くんて袴とか着るの?」
黒カバーの携帯の写真を見せてくれた

そういえば最初に私の写真を載せるとか言ってた
結城蒼雲のTwitterアカウントを見せてくれた

「私の字は?」
「文字を書き始めたら載せようと思ってて、今度はインスタデビューをしたいと思ってて……教えて(笑)」

「いいよ」
食事をしながら楓くんに教えた

自分も食事やスイーツの写真をたまに載せる
「俺との食事は載せないの?」

「なんか高級すぎて……社会人1年生とかプロフィールに書いてあるのに贅沢すぎるでしょ(笑)」
「そっか……あっ、結璃菜の手作りとかあるー」

「ふふっ、こんな美味しいもの食べなれている楓くんの口に合うかな〜」

「俺さホント家にずっといるからたまにの外食が楽しみなんだよね、毎週とかじゃないからな」

「わかった、一緒に楽しも!理由わかったからもう遠慮なく食べさせてもらいます」
「うん、食べて食べて」


婚約者としての紹介が終わってからは週末のお稽古の後結璃菜の手作り夕食や、時には外食など付き合いは順調だった

クリスマスイブはもちろんホテルのスイートルームで夜景を見ながら食事もした

そして出会ったBARにも顔を出して楓くんの友達のマスターに付き合い始めた事を報告した

楓丸の好みの女性だと思ったよと言われて嬉しかった
そしてスイートルームでは甘く激しい夜を過ごした

今日の洋服は楓くんのプレゼントだった
オシャレな楓くんのスーツに合わせて少し大人っぽいドレスを買いに連れていってくれた

食事のマナーも教えてくれた

展覧会の開催の後にはちょっとしたパーティもある時もあるそうなのでゆっくり覚えていって欲しいと言われている

そういう話をしながらもドレスを脱がせていくのだ……

出会って2ヶ月だけど将来の事を話すことも増えた

年末年始は生徒の書き初めで忙しいのと春に展覧会が2つも出品を控えていて私の指導も作品の締切までは会えないと……そのかわり電話はくれた

仕事でもみんなに字が読めるようになったと褒められてそれは本当に嬉しかった
ちゃんと身についてる

そして春の展覧会に楓くんに連れられて家に久しぶりにお邪魔すると初めてお母さんを紹介されたと思うとその場で着物の着付けをされ、赤が基調の振袖を着させてもらった

「今日は楓丸の後ろで頭を下げていればいいから」
「はい」

認めてくれたのかな?と楓くんに聞く

「みんなが結璃菜が綺麗だったと母さんに話したから会いたかったらしい(笑)」

髪もまとめてくれて楓くんと展覧会に車で行く
この日は楓くんも着物を着ていた

まだよく書道の流れはよくわからないけど楓くんの作品の前に来た時に賞の札がついていた

「おめでとう、楓くん」
「ありがとう、結璃菜」

今日は表彰式があって着物を着たことがわかった
たくさんの人が楓くんの周りに集まってくる

お母さんに着付けも習おうと思った1日だった

表彰式の後のパーティーには受賞者だけが集まるから1度帰って今度はスーツに着替えるという
「結璃菜」
「何?」

「疲れた?」
「ん〜何もわからなくてキョロキョロしてたかも(笑)見られていたら恥ずかしいかな……楓くんは前にいたからわからなかったと思うけど」

「夜は皆に誰?って聞かれるんだろうな」
「嫌?」

「まさか(笑)やっと今日が終わったらゆっくりできるよ、デートしような」
「うん、楽しみ」


石山商事には4月に新入社員が入社して結璃菜も後輩が出来たと思ったが……秘書課に配属されたのは

「坂本樹里(さかもとじゅり)です、22歳です、よろしくお願いします」

四年制大学を出ての採用で年上だった

秘書課のベテラン先輩につくと1度教えたことはすぐに出来るし、みんな嫌な外線からの電話もワンコールで素早く取る

私なんてまだ躊躇して先輩にまかせてるのに……
1週間先輩につくと私の隣に席が設けられた

休みの事も考えて私の仕事も教えないといけない
自分のノートを取り出して坂本さんに説明をする

「綺麗な字ですね」
坂本さんのノートに目がいく

「ありがとうございます、書道習ってるんで……」
「それでなんですね……」

坂本さんは私のノートを覗いてきた
「小鳥遊さんは……汚い字ですね」

口角を上げてニヤリとされた

「最近まともに読めるようになってきたのよ(笑)」
前の席の先輩がフォローしてくれる

「美人なのに、男性から引かれませんか?」

「とりあえず字で振られたことはないです
自覚はあるので今書道を私も習ってます」

「へぇ、楓丸くんから?」
「え?」
楓くんの知り合い?

「どうして……知ってるんですか?」
「私、結城流派なので……」

そう言うと仕事を始めた

仕事から帰ると楓くんにLINEを入れた
“仕事終わったら連絡ください ”

今は教室の時間だから電話は出来ない
10時過ぎに電話がかかってきた

「結璃菜?どうした?風邪とか?」
「ごめんなさい、お仕事だったのに」

「終わったから全然構わないよ」

結璃菜は新人配属で坂本樹里さんが来て結城流派と言って私の事を知っている事を話した

「樹里か〜」
呼び捨てなんだ……

「この前の展覧会の日に来てたと思う……多分」
「会話は私はしてないよね?」

忘れていたら失礼だから恐る恐る聞く

「してないな、最終日だから手伝いで来てたのかもな」
「私って1度見ただけで覚えられる顔かなー」

「もちろん(笑)美人だしな」
「坂本さんとは何も無い?」

「どういう事?」
「その……付き合ってたとか、寝たとか……」
「ないな、俺、流派の人とはそういう事はしない」

すぐきっぱりと言ってくれた

「あー、バレンタインはもらったことはあるかな」
「本命チョコだ」

「でも、何も言われてないしな」
「…………っ、私の字を汚いと……言われた」

「それは小学生から習ってる樹里にはそうだろ、あいつも師範持ってるしさ」

「師範!あっ、ねぇ仕事はわざとうちの会社じゃないよね?」
「それは偶然だろ、結璃菜と会ったのは10月だし、もう大手企業は決まってるんじゃないか?」

そっか、私も夏に内定もらったんだ

「楓くん、疲れてるのにありがとね」
「うん、気にするなよ」

「なるべく頑張る」
「まあ、気は強いかもしんないけど(笑)」
「え〜」

「結璃菜が見た目とのギャップがあるんだよ(笑)また何か言われたら聞くから」
「わかった、ありがとね、おやすみなさい」

楓くんとの電話で落ち込んでいた気持ちもだいぶあがってきた


楓くん関係なしに同じ課なんだから仕事とプライベートは分けなきゃなと思った

土曜日の午後楓くんの教えが始まった
「写真撮るよ」
「やっぱり恥ずかしいなぁ」

小学校1年生の課題のひらがなを書かされた
「まっすぐに線を引くのって難しいんだね」

「それを結璃菜が解ればもっと上手くなるよ」

ふう……
結璃菜は軽く息を吐いた

「今日はここまで」
「ありがとうこざいました」

「だいぶ集中してる時間が長くなったな」
「ほんと?(笑)」

結璃菜はシンクで筆を洗いコーヒーの準備をする

「楓くん、チーズ大丈夫?」
「うん」

「朝ね、チーズケーキ作ったんだー」
「え〜すげーじゃん」

「コーヒーも……ん?」
玄関からピンポンと音がした

「俺が出るよ」
「ごめーん」

古いアパートだから小さい丸い穴から外を見る

「結璃菜、男がいる」
「開けて聞いてよ」

鍵を開けてドアを開けた
「あれ?小鳥遊さんの家じゃ……」

「そうだけど、結璃菜に用?」
聞き覚えのある声がして水を止めて手を拭く

「将真、何しに来たの?」

「誰?」
「元彼」

「何で?」

「知らない……何で来たの?ボロいアパートだから1回しか来たことなかったくせにって言うか今日バイトでしょ?」

「結璃菜と話したくて休んだ」
「彼女がいるじゃん」

「……別れた」

シーンとみんな黙った

「元彼くんさ、二股かけて結璃菜の方を振ったのに今更?俺は結璃菜の今彼」

「マジでもう彼氏いたのかよ」
「前にデートって言ったじゃない」

「強がりで言ってるかと……」

「君ね、そんな風に結璃菜の事を信じないからダメなんだよ、まあ、結璃菜を振ったから出会えた訳だし少しは感謝してるよ」

「私もよ……次はいい子と出会えるといいね」
「…………っ」

将真は去っていった

「何だよ、彼女と別れたからまた結璃菜とより戻そうかと思ったのか?」
「多分ね(笑)よかった、楓くんがいてくれて」

「また来てもドア開けるなよな」
「わかった〜」


2人はインスタ用に写真を撮りチーズケーキを食べた
美味しいと褒めてくれた

夜は焼肉が食べたいと個室のある焼肉屋に食事にいった
「なぁ」
「うん?美味しいよ、お肉」
結璃菜は大好きなカルビを大きな口を開けて頬張る

「肉は旨いよ(笑)7月にさ旅行いかね?」
「旅行?」

「うん……書道ガールズ甲子園って知ってる?」
「映画になったやつ?見てはないけど」

「そう、俺さパフォーマンスし始めてから毎年見に行ってんだよ」
「でっかい半紙と筆だよね?ニュースで見たことあるかも」

「そう、学生の時やりたかった〜と思ってさ」
「いつなの?」

「多分7月の最後の日曜日だけどちょっと確認しとくよ、有給今度は俺の為に使ってよ」
「日曜日なら……」

「愛媛だよ?最後までいたら帰れないかも
それに有名な道後温泉入ってから帰りたいじゃん」

「温泉!いいね、月曜日に休みとればいいんだよね」
「うん、会社に聞いてみて」

「わかった〜」

楓くんから日程が決まったと連絡が入り私は有給届けを上司に提出した

「月曜日か……坂本さんが小鳥遊さんの仕事をすることになるからOKがでたらいいよ」

そんなぁ……前はみんなで振り分けてくれたのに
でも坂本さんには有給はまだないから大丈夫かな……

「あの……坂本さん」
「何ですか?」

「この日に有給取りたいんだけど大丈夫ですか?」

入社は先なのに年上の坂本さんにはやっぱり敬語を使ってしまう
坂本さんは届けの日を見た

「私も有給はないですけど欠勤でいいので休もうかと思ってた日ですね」
「そんな……」

前の席の先輩を見ると頑張れと目で訴えてくれる

「私もこの前師匠から勉強の為に行ってきたらと言われたんですよね」

うっ、師匠命令……

「それじゃ、日曜日に帰ってくれば…いいんじゃ……」

「はぁ……自分だけ楓丸くんとのんびりですか?」

う〜それはそうだけど私は有給あるしだし……
暫く坂本さんもおとなしかったのに

「ちょっと保留にさせてください
その前に来週の金曜日のビアガーデンの予定を組まないとって幹事頼まれてるじゃないですか」
「そうだね」

そうだった!
急だけど2人で決めてくれと先輩から言われたんだった
「今日中に探して見るね」

昼休みに久しぶりに同期のひまりと社食で食べた
有給のことを話すと
「ぜーったい、わざとよ」

「だよね、有給ないのに病欠ならともかく……おじいさんだってもう社会人なんだからそんな平日に無理言うかな?まだ書道の世界を知るのは全然だけど……」

楓くんと付き合いだしたことはひまりにも報告済みだ

「彼氏に相談してみたら?」
「今は……また展覧会で忙しいんだよね」

今週末は県外に出張って言ってたし……

「ひまり、あとさ、いいお店知らない?」
「あー、先週企画部でいったとこ教えよか?」
「お願いします」
「おk」

午後の仕事で席につくとひまりに教えてもらったお店を坂本さんに聞いてみた

「じゃあ、回覧回すので人数決まったら予約おねがいします」
カタカタとパソコンを打ち始めた

仕事が早いなぁ
坂本さんが来てから私気を遣ってばかりだ
普通ならほっとくんだけどなぁ

家に帰ってとりあえず来週の金曜日の飲み会と有給の保留をLINEしておいた

楓くんはチェイサーといって水を飲みながらお酒を呑むこと!と教えてくれた

あと、楓くんのいない時はビールだけにすること
最初の酔い方を知ってるから心配みたいで……

飲み会の時は連絡することになっていて家についたらLINEする事になっていた

仕事が終わった頃に了解と返事がきた
楓くんは結構マメだ

もっとわがままも言っていいとまでいってくれるのだが
それは今までの本気じゃない女性と同じだと私は思う

週末のデートも全部出してくれてるのに……
絶対旅行は自分の旅費は出すともう楓くんに宣言してある

じゃあ、宿泊費だけもらうよと言ってくれた
ちゃんと貯金も少しずつ出来てるし楽しみにしてるのだが……まだ坂本さんからは返事は貰えず

坂本さんは楓くんの彼女が私って事が気に入らないのかなぁ

それとも楓くんの事が好きなのかなぁ

考えながら眠りについた

あっという間に飲み会の金曜日がやってきた
全部で8人、ひまりに紹介してもらったお店はまだ新しく広かった

店員さん曰く国内の日本酒を売りにしてると聞いてみんなが日本酒を頼んでいく

「小鳥遊も日本酒飲めよ」
上司に注がれる

「私はビールで……」
「小鳥遊さんはずっとビール派ですか?」

坂本さんが隣にいつの間にか来ていた
「坂本さんは強いの?」

「まあ、人並みだと思います」
「私は最初に酔ってからあまり呑まないようにしているんです」

チェイサーの水を飲んだ
「まだ1次会ですよ?呑みましょう」

坂本さんに日本酒を注がれていく
「……楓丸くんはお酒が強いから付き合って呑んでるのかと」

「それが楓くんに呑んじゃだめって言われていて……」
「そうなんですね、酒癖が悪いんでしょうね」

ニヤっと微笑む彼女が怖い
「多分?」

と返事をしてチビチビと日本酒を口にする

「入社した会社名を師匠に話したら蒼雲の婚約者と同じだと聞いた私の気持ちわかります?」
「わからないです」

「美人な人と素直に思いましたよ」
「ありがとうございます」

「でも……字を見て引きました」
「……よく言われますぅ」

「楓丸くんの字は本当に勢いがあって講演もパフォーマンスも凄い人気なんですよ
婚約者の貴方は知ってますか?」

「知らないですけどーー
楓くんの仕事は徐々に理解していきますよ
坂本さんの年数と実績には敵わないですけど楓くんもゆっくりでいいって言ってくれるし……蒼雲じゃない楓くんの素を私は大事にしていきたいんです」

ドンと日本酒のコップをテーブルに置く

「私だって蒼雲と楓丸くんはそれなりに分けて接してます」
「じ、じゃあ……楓くんの携帯の色は知ってますか?」

「色?黒でしょ」
「ブッブー残念……坂本さんはあくまでも結城流派の一員なんです」

「せ、先週の出張は同行して楓丸くんの助けにはなったつもりよ」

お猪口を坂本さんの前に出すと注いでくれた
「私は楓くんの特別なんれす……」

ポケットから携帯を出した
「これは内緒れす……坂本さんだけですよ」

だいぶろれつが回らなくなっている結璃菜は楓くんのLINEを出した

「楓くんのLINEは誰もが持っている訳じゃありません、プライベートLINEでしゅ」

名前に楓丸と書いてあるLINEを見せた
「……持ってるわよ」
「あれ?」

坂本さんのLINEにも楓丸とあった
「なんれ?」

「小学生の5年生の時にお迎えに来てもらうために親から携帯をもたされていたのよ
もう夜の教室時間だったから……その時は楓丸くんは中学生で携帯持っていたし普通に交換してるわよ
バカね(笑)カバーなんか傷んだら変えるし」

「そうれすか……参りました」
「坂本〜、小鳥遊大丈夫そうか?」

「はい、何かチビチビ呑んでます」
「呑んでましゅ」

坂本さんはずっと私の隣から席を立とうとしない

「展覧会の時に振袖着てて順子ママが認めたのかなって思ったのは悔しかったわよ
小さい頃から樹里が支えるんだって思ってたし、順子ママからも言われてたから」

順子ママってお母さんのことかな?

“順子ママって? ”
“ 日本酒のんでる”
“ 会いたいなぁ♡”

無意識に楓くんにLINEを送っていた

「ちょっと、楓丸くんは夜の教室の時間でしょ、何LINEしてんのよ」

「あー、そうだった〜削除削除」

「邪魔しちゃだめじゃん」
「坂本さんは楓くんの事が好きなんですか?」

「それは……ただ楓丸くんの婚約者として何も知らない小鳥遊さんは合わないって」

「それは楓くんが決めることでしゅ……順子ママでもおじいさんでもありましぇん」

坂本さんの手に握られたコップはプルプルと震え出した
「もう、酔っ払いは相手にしません!」

やっと席から離れていった

1次会も終わり坂本さんが会計をして結璃菜は先輩に手を引っ張られていた

店を出るとプッっと軽くクラクションを鳴らす高級車が
止まっていた
「結璃菜」

楓くんの声だ

「楓丸くん、仕事は?」

「今日は自分の作品書いてたから師匠に教室は頼んだ」

結璃菜に寄っていき結璃菜を抱えてくれた先輩にお礼を言う

「小鳥遊結璃菜の婚約者です、ご迷惑をお掛けしました、つれて帰ります」
「はい、お願いします」

樹里は車に寄っていく
「小鳥遊さんが飲み会だったから教室休んだの?」

「まあね、樹里は酒強いし絶対呑んでると思ったからな、来て正解だ」
「どうして、教室を休みにしてまで小鳥遊さんを優先するの?」


「ん〜何でって言われてもな……大事だし?
それに酒呑んだら結璃菜は色っぽくて俺が我慢出来なくなるんだよなー
いい具合に酔わせてくれてありがとうな、じゃあ樹里も気をつけて」

結璃菜を車に乗せると2人は帰ってしまった

書道が1番大事じゃなかったの?今までずっとそう思って尽くしてきたのに……
樹里は薄らと涙を浮かべていた

「楓くん……」
「何?」

「送ってくれるの?」
「いや、送らないよ」

ホテルに着くとフロントで鍵をもらい最上階へ
「全く……嫌な予感がしたんだよな」

ベッドルームに連れていき服を脱がす
「お水……」
「ほら」

ペットボトルを渡してもこぼしながら飲む
「仕方ないなぁ」

楓丸は口に水を含み口移しで水を飲ませた
ゴクンゴクン

「あ〜あ、こんなにこぼして結璃菜は悪い子だね」
「こぼしてごめんなさい」

「もう、言うことがほんと可愛いな(笑)」
結璃菜を抱きしめた

久しぶりにこんなに酔った結璃菜を見たな
まあ俺が制限させてたけどさ……