え?出会って次の日に婚約者?



「コーヒー飲む?インスタントだけど」
「うん、ありがとう」

はいとマグカップを渡す

「スイートルームに泊まる人がこんな古くてボロいアパートに呼んじゃってごめんね、電車で来た?」

「いや、車で近くのパーキングに停めたよ」
「えっ、じゃあ長居したら高くなっちゃう」

「長居してほしくないのか……」
残念そうな顔をしてくれる

「そうじゃなくて、お金が……」

「結璃菜に会いに来るのにそんなの考えないし先週仕事だったからゆっくりしたいよ
2人でいれたら十分だよ」

「楓くん……」
コーヒー味のキスを交わす

「でもここじゃあ結璃菜の可愛い声は聞けないから夕食はどこかホテルで食べよう(笑)」
「……やっ、もう楓くんのエッチ」

ご馳走様と楓くんはカッブをシンクまで持って行って洗ってくれた

「ありがとう……あのね、正直こんな古いアパートで引かなかった?
楓くんと生活が違いすぎるでしょ?」

「俺の家も古いし、それに社会人1年目で広くて綺麗な所に住んでる方が引くかな……
結璃菜の働いてるお金で生活してるのは偉いと思うよ」

「……また楓くんは私を泣かすような嬉しい言葉をくれるんだから……ぐすっ……
私泣き虫じゃないのにさ……うち貧乏だしお母さんもいないから勉強を見てもらった記憶もないし……
奨学金も早く返したいし今の会社も頑張りたいからいつも注意される字を直さなきゃって思ってて……」

「結璃菜は苦労してんだな」
「苦労とは思わないけど現実を受け入れるかな……自立しなきゃ」

「まあ、俺もそうだな、現実を受け入れる……いやもう受け入れたかな」

楓くんはおいでと言って軽く後ろから抱きしめてくれた
今までこんなに優しく抱きしめられたことはなかった

「楓くんもつらいことあった?」
「まあな……でも生活することには困らなかったから金銭面では家族に感謝はしてるかな」

食事に行こうと言われて2人で楓丸の車に乗る
この間とは違う高級ホテルに入っていった

今日はスイートルームではなかったけどルームサービスで食事をとり豪華な食事を食べた

「あの……私って食事でつられてる?」
「そんな事ないよ(笑)結璃菜は金目当てで寄ってくる女じゃないってことは最初に会った時からわかってたしな」

「そういう人もやっぱりいるんだね」
「いるな〜、まあすぐ見抜けるけどな」

「そういう時はどう対処するの?」
「……別に特にはだな」
「よくわかんない……」

「結璃菜にはあまり知られたくないって事」
「婚約者なのに?」
「婚約者だからだ(笑)」

チン!とシャンパングラスで乾杯する

「いただきます……ん!美味しい」
「もうちょっと酔って乱れて欲しいところだな(笑)」

「えーお腹いっぱいで寝ちゃうかもよ(笑)」
「それはそれでごちそうする嬉しさがある」

「ねぇねぇ」
「何?」

「私、何もお返しできないからさ、今度お天気のいい時にピクニック行ってお弁当食べて欲しいな」
「結璃菜の手作り?それは楽しみだな」

「ほんと?子供っぽいかな?大丈夫?」
「うん、楽しみにしてる……ついてる」

口の横にソースが着いていたみたいで手で拭ってくれた
「こういうとこは子供(笑)」

結璃菜は真っ赤になって紙ナプキンでもう一度拭いた


「楓くんはいつから書道してるの?明日行く師匠のところに習いに行ってたの?」
「もう字を書けるようになる頃からかな、じいちゃんに字は教えてもらった」

結璃菜はちょうどシャンパンを口にいれたところでむせた

「ゴホッゴホッ……ごめんなさい、師匠っておじいちゃん?」
「うん」

「じゃあ明日は楓くんのお家に行くの?」
「そうだね(笑)」

「あっ、一緒に住んでるとは限らないのか」
「住んでるな(笑)」

もしかして前ネットに出てきた大きな家なんじゃ……
「私……婚約者のフリできるかなぁ」

「まだお互いの気持ちを確かめあっただけって軽い感じで言うから大丈夫だよ」
「そっか……」

まだ出会って1週間なのに楓くんの落ち着いた言葉や態度に安心感を感じる

年の差のせいだろうか……

楽しくて美味しい食事が終わった


「結璃菜?今日泊まる?」
「ここに?」
「うん」

まあまた明日会うからいいか
「いいよ」

そう言うと楓くんは個人用の携帯を出して連絡しているようだった

同じ機種でカバーで変えているようだ
黄色いカバーはプライベート用
黒いカバーは仕事用

「家に連絡?」
「うん、帰らないって(笑)」

「怒られないの?」
「もう27だよ?ちゃんと連絡すれば何も言われないよ」

「一人暮らしはしたことないの?」
「家で仕事だからそれは考えたことないかな、自分の練習もしないといけないし」

「そっか……楓くんも頑張ってるね」
「うん、頑張ってるよ」

夕食は足りた?と聞いてくれた
お腹いっぱいと返事をすると

「これから運動するからすぐお腹減るよ(笑)」
「えー、夜食がいるじゃん(笑)」

夕食を片付けてもらい2人はベッドに入る
服を脱がされて身体中にキスをされていく

「なぁ、結璃菜」
「ん?こそばい(笑)」

楓くんは1度キスを止めた

「俺とちゃんと付き合って欲しい……ダメかな?別れたばっかりでまだ気持ちの整理できてない?」

「婚約者のフリは?」
「それは明日だけで多分納得してくれると思うんだ」

「師匠は何歳なの?」
「93歳かな」
「お元気なの?」

2人はベッドで向き合って座る

「5年前に体調を崩して入院したんだよ、その時に跡を継がなきゃって自覚したかな」

そう言うと少し遠くに目線をやった

「楓くんのご両親は跡は継がないの?」

「そうだね、また明日詳しく話すけど結城流派の跡継ぎは俺なんだ」

かっこいいなぁ……


「しっかり先の事を考えている楓くんはとてもカッコイイよ」
「結璃菜」

「婚約者って付き合いの延長じゃない?」
「うん……結璃菜には無茶言ってると自覚はしてる、順序が逆だし最初はお願いだったし」

こんなに真面目な顔を見たのは初めてだった

「私ね2年付き合った元彼のことは全くひきずってなくてね、楓くんのことばかり考えてるよ」
「え?それじゃあ……」

「まだ子供だけど楓くんと付き合いたい(笑)」
「結璃菜、ありがとう……好きになっちまった……うん!好きだ」

そう言ってくれると顔が近づいてきて……チュッ

「んっ……」
「いっぱい声を聞かせてな」

軽く唇をはむっはむっとしてきたかと思うと舌が入ってきた
「っんー」

楓くんの胸を両手で叩くて楓くんは唇を離してくれた
「どうした?」

「はぁはぁ……息できないよ」

元彼としていたキスは何だったんだろうと思われる甘い激しいキスは先週から結璃菜は欲してたまらなかった

でも上手く息も出来なくて楓くんの舌にうまく絡ませる事が出来ない

「悪い悪い……ゆっくりするな(笑)」

楓くんは優しく、時には激しく朝方まで私を抱いた


2時間くらいは寝ただろうか
結璃菜は起きてシャワーを浴びに行った

楓くんの彼女になっちゃった

眠いながらも今からのスケジュールを頭で考える

えっとどこかで手土産を買わないとだな……

シャワーから出るとスースーとまだ寝息が聞こえる
きれいな顔をしてるなぁ
でも童顔なんだよね、可愛い

とても27歳には見えない無邪気な寝顔だ
出会いはどうであれ付き合うことになったのだ

素直に嬉しかった

時間を見ると9時がこようとしていた
家に帰って着替えたいけどな

「楓くん」
「んっ……な……に?」

「今9時なんだけどね、着替えに一度帰りたいんだけど楓くんのお家に何分くらいで着くかわかんないから、これからの事考えよ」

起きれる?と頭を触る
ん〜と目をこする

「昼は家で食べろって言うはずなんだよね、食べれないものある?」
「多分大丈夫」

「眠くて頭まわんない……コーヒー頼むか」
「だね……私が頼むからシャワーすれば?」

「うん、ありがと……ブラックにして」
「はーい」
楓くん、まだ寝ぼけてるなー(笑)


コーヒーが届いて2人で飲む
「あ〜上手い」
「ほっとするね」

「昨日無理させた?」

楓くんは私の腰周りをさすってくれた

「大丈夫、ありがと、楓くんこそ眠そうだよ(笑)」

「色々考えてたらちょっとあまり寝れなかった」
「今日の事?」

「いや、結璃菜のこと(笑)」
「私?」

「嘘だよ、仕事の事」
「楓くん、ここから家まで何分?」

「40分はかかるかな」
「少し寝たら?私電車で帰って着替えてくるよ」

「俺が昨日わがまま言って泊まらせたのに送るよ」
「大丈夫!買いたいものもあるし今からなら時間も十分あるから」

「わかった……じゃあ少し仮眠する」

結璃菜はホテルを出て帰りに和菓子の店で手土産を買って家に帰った

秋らしいワンピースに薄手のコート
髪は1つに縛り口紅も少し赤めで大人っぽくする

身長もそんなに低い方じゃないからいつも20歳とか言うと嘘でしょと言われる

おかしくないかな?
全身鏡が家には無いから確かめようがないのだが実家にいた頃に近所のお姉ちゃんから服を大量にもらった

もう自分には子供っぽいからと体型も似ていたのでアラサーのお姉ちゃんはダンボールにたくさん服をくれた

お金が無い私には凄く助かるし大切に着ようと思った

さて楓くんの所に戻ろう


駅に向かうと会いたくない人に会ってしまった

「あっ、結璃菜」
「将真、何でここに?」

「これからバイト」

将真の家はこの駅ではない
実家暮らしだからもっぱらデートは外だった

「彼女の家から店に向かうんだね」
「……まぁ」

私のアパートには泊まったことはなかったのに今カノの所には泊まるんだ……

1度来てからは絶対に来なかったのはやっぱりボロいアパートのせいだ

「いつから二股かけてたの?」
「……何で知って……」

焦った顔をしていた
「勘よ」

「春にサークルに入ってきた子で割りと積極的で……その……ごめん」

「もういいよ……ただ誕生日に一緒にお酒呑むことは覚えておいて欲しかったかな」

「土曜日に会おうと思ってた、プレゼントも買ってたし」

そうなんだ……

「……もう遅いよ……一日のすれ違いが別れる原因になったんだから」

「全部俺が悪い」

「そうだね……でも私も別れた後に新しい出会いがあったから将真にも少し感謝だよ
これからデートなの、じゃあね」

電車がきて、当然将真とは違う車両に乗った

楓くんに会いたい!

電車から降りると急いで泊まっていたホテルに向かう
部屋に行き呼び鈴を鳴らす

ガチャっと開くと楓丸に飛びついた

「びっくりしたー、結璃菜、どうした?」
「……楓くんに会いたかった」

「だから送っていくって言ったのに」

「……駅でね元彼に会ったの、今カノの所からバイトに行く途中だった
私のアパートは一度も泊まってくれなかったのに……って嫌な感情が出てきたんだけど一応謝ってくれたから私もお礼を言ったの……
あの後出会いがあってこれからデートなのって……
ちゃんと堂々と言えたよ!」

楓くんに話したくて一気に言葉を並べた

「……偉かったな、結璃菜」
「……うん」

楓くんは私の頭をポンポンとしてくれる

「元彼になんてもう渡さないから……こんないい女手放せるかよ」
「うん!」

楓くんの首に手を回してぴょんぴょん跳ねる

「あー、また抱きたくなる」
「ダメだよ(笑)行こう」


2人はチェックアウトをして車で楓丸の家に向かった
家の前には生徒や保護者のお迎えの車が停めれる駐車場があった

今日はここに停めると言って車から降りる
大きな門をくぐると立派な庭があり家と母屋があった

書道教室は母屋でやっていると聞いた
家の方の玄関を開ける

「ただいま」
「お邪魔します」

廊下からスリッパの音がした
「いらっしゃい」
「初めまして」

迎えてくれたのはお父さんだと紹介された
丸い顔でニコニコ迎えてくれた

優しさが顔に出ているといった感じだ

「じいちゃんは?」
「部屋にいるよ」

「先にじいちゃんとこに行ってくる」
「わかった」

長い木の廊下を歩く
「1番奥の部屋がじいちゃんの部屋なんだ」

外から声をかける
「じいちゃん、開けるよ」

襖を開けると座椅子に座っているおじいさんがいた

「楓丸か、また家に帰ってこなかったな」
「またって先週は仕事だったじゃん」

「そうじゃったかの」

おじいさんの前に楓くんと正座をする

「じいちゃん、婚約者を連れてきたよ
小鳥遊結璃菜(たかなしゆりな)さん」

だいぶ耳も遠くなってきている様子で
楓くんは膝を立てて耳に近いところでゆっくり私の名前を伝えてくれた

「初めまして、小鳥遊結璃菜です」
「美人さんじゃ」

「いえ……」
「歳は幾つじゃ?」

「21歳です」
「若いの〜学生か?あっもしかしてデキ婚するんか?」

デキ婚て……ちゃんと言葉知ってる〜とおかしくなった

「じいちゃん、俺を何だと……失礼だな」
「蒼雲がモテるって弟子がいつも言うとる」

「彼女は短大を出て今年から社会人だよ」
「石山商事に勤めてます」

「結婚すると蒼雲は出ていくんじゃろが」
「まだ具体的には決めてないよ、じいちゃんが会わせろってうるさいからさ」

「心配で死ねんのじゃ、お前は特別だ……」


特別……楓くんはおじいさんにかなりの期待をされてるんだ

「長生きしてもらわないと俺はまだまだ学ぶことがあるんだよ」

廊下からスリッパの音がする

「みんな、ご飯にしないか?そろそろ翔吾(しょうご)も到着するよ」
「もう翔吾が来る時間か……よっこらせ」

机を支えて立つのがつらそうだった
手を貸そうと近寄ったが楓くんに止められた

「自分で出来ないと弱るから……」
「あっ、はい」

そうなんだ……ハラハラしながらも立つことができた

客間に通されると食事のところにはおじいさん用の椅子が置かれていた

立派な木の応接台にはちらし寿司にお吸い物、サラダが並んであった

「いただきます」
と手を合わせてお寿司をいただく

「美味しいです」
「よかった」

「うちの料理担当は父さんなんだよ」
「そうなんですね」

「僕はサラリーマンでね、朝は早いけど夜は定時で帰れるんだよ
妻は休みの日や夜はいない時が多いから」

「母さんは着付け教室を開いていてね、OL向けに講座してるから父さんの仕事終わりから仕事を始めるっていうね(笑)」
「でも、先生って凄い」

「うちは婿養子の僕以外は先生なんだよ」
「兄貴は教員してるんだ」

凄いご一族だ……