ようやく、みづほへの想いが真剣な、掛け替えのないものであると確信したのだ。そしてみづほも、自分の錯覚でなければ、憎からず想ってくれているはず。曖昧な関係ではなく正式なものにするために、どうあっても彼女にもう一度会わねばならない。
 遠回りをして余計なことを背負い込んでしまったが、それについては明日、きちんと片を付ける。
 みづほが何も言わずにいなくなったのは、少なくとも彼女の方は、何も話すことはないという結論だったに違いない。最初に電話した時、竹口は推測をそう口にした。尚隆も同じように思う。本心でどんなことを思っていたにせよ、みづほは尚隆に何も言わず、静かに去る道を選んだのだ。
 彼女はそれで納得したかもしれない。だが自分は、絶対に納得がいかない。
 「そうか、……須田さん、ああ見えてかなり頑固だからな。口説くの大変かもしれないけど頑張れよ」
 心配そうな口調で竹口は言った。同期の幹部仲間、部長と会計として、彼はみづほと多少の交流があった。だから彼女の性格を、他の奴らよりは的確に分析しているだろう。
 「ん、わかってる。ありがとな」
 そう返して、通話を終えた。
 その後30分ほど、大学時代のこと、再会してからのことをぐるぐると考えていたところに、澄美子からの電話がかかってきたのである。

 待ち合わせた喫茶店で、先に来ていた澄美子は最初から、いつもの落ち着きと聡明さを失っているように見えた。容貌に似合わぬ張りつめた表情で、尚隆が向かいに座ると即座に問いつめてきた。
 「広野さんのお話、よく考えましたけどどうしても理解できませんでした。どういうことなのか、この場でもう一度おっしゃってほしいんですが」
 「どういうも何も、申し訳ないがこれ以上、あなたとのお付き合いはできないということですよ。僕には、好きな人がいますから」
 電話で伝え済みの内容を繰り返すと、澄美子は形の良い眉をきっ、と上げた。
 「それが理解できないんです。そんな相手がいらしたのならなぜ、私とお見合いしたりしたんです」
 「──それは確かに、僕の不徳の致すところであったと反省しています。彼女にはふられたと思っていましたから、傷心を引きずってもおりましたし。そこに専務、お父上からお話を頂いて、澄美子さんに『会ってみたい』と思ってしまったんです。僕も男ですから、美人で魅力的な方には会ってみたいと思うのは自然なことで」
 「そんな一般論はどうでもいいです。問題は、私とお見合いしておきながら、どうして他の女性に目移りするのかということで」
 澄美子は半ば叫ぶようにそう言った。自身の優位を、自身の方が優れていることをかけらも疑っていない表情。
 なるほどな、と尚隆は醒めた頭で思う。澄美子は、自分の都合が良いように事が運んでいる時には上品に聡明に振る舞えるが、そうでなくなると態度を一転させて、子供のように「なぜ」を繰り返すのだ。それもわがままな子供のように、ヒステリックに。
 「ですから、僕はもともと彼女が好きだったんですよ。それについては本当に、澄美子さんには失礼なことをしたと」
 こちらの言葉が終わる前に、澄美子はつり上げた眉を目をさらに鋭くした。もとが美しいだけに、怒った顔は恐ろしげで、般若面のような表情だと思った。
 「失礼すぎますわ。どうして私が、あんな普通の女性なんかに」
 「あんな?」
 聞き咎め、尚隆はおうむ返しに尋ねる。澄美子は一瞬きょとんとしたが、遅れて何を言ったか気づいたようで、はっと口を押さえた。
 「彼女を、みづほを知っているんですか。どうして」
 知る限り澄美子は、みづほに会うどころか、見たこともないはずである。それなのになぜ。
 ふいに、頭にひらめくものがあった。
 「……もしかして、彼女と会うところを見ていたのは」
 本庄ではなく、澄美子だったというのか?