「──どうしたの」
 「須田は、話受けた方がいいって、思ってんの」
 その口調の抑えた、だが確かに感じる重々しさに、言葉が喉に詰まった。しかし努力して、言うべき台詞を紡ぎ出す。
 「もちろん、そうに決まってるでしょ。こんな機会逃すべきじゃないわよ。お嬢さんとどうしても気が合わないっていうならともかく、いい人みたいだし、とりあえず会って何回かデートしてみれば?」
 努めて明るく、何でもないことだと思っている。そんな風をめいっぱい演出して、みづほは言った。
 ……尚隆は、もしかしたら怒っているかもしれなかった。みづほに対して。実際の真剣度はどうあれ、告白した当の相手に他の女と付き合うことを勧められては、男性の立場からするとバカにされているように感じるかもしれない。
 しかしみづほも真剣だった。
 自分と付き合いたいなどという、一時の気の迷いからは早く醒めて、他のいい女性を探すべきだ。本気でそう思っている。
 ──だって、私なんかと付き合いたいって、本心から思うわけがない。
 美人と一部で噂されるようになっても、どんな異性に声をかけられても、みづほの心底にはまだ、自信のない女子大生だった頃のみづほがいる。彼が、私なんかを好きになるはずがないと、言われるまでもなく自覚していた頃の。
 今だって、わかっている。この人が私を本気で好きになるわけがない──彼は、私を好きなわけではないと。
 昔の、ちょっと関わりを持った女に、久しぶりに会ったから気になっているだけだ。付き合いたい、なんて言ったのもその延長線上にすぎない。懐かしいから、適度に近くにいたから、体の相性が良かったから。それだけ。
 ……だから、間違っちゃいけない。期待なんかしちゃいけない。
 尚隆は、唇を何度か動かしかけた。だが結局は何も言わなかった。そこだけは心底、良かったと思った。
 そのまま無言を互いに貫き、それぞれ自分の食事を、ひいき目に見積もっても重い空気の中で進めた。先に食べ終えたのは尚隆の方で「──じゃ、お先」と一言置いて席を立つ。
 彼が去っていって、ようやくみづほはほっと息をつける心地だった。思わずコップの水を、一息に飲み干す。
 ──これでいいんだ、これで。
 見合い話が、尚隆の「気の迷い」が晴れるきっかけになれば良いと、本心から思っている。……だから、涙が出そうになるのは、水を一気に飲んでむせたせいだ。そうに違いない。
 みづほは、そう自分に言い聞かせた。