キーボードから指を離し、みづほは大きく息をついた。たまっていた仕事がようやく一段落したのである。
年度替わりから1ヶ月が経っても、社員の異動はまだ落ち着かない。辞める人間や、代わりに入る派遣の人員などが、入れ替わり立ち替わりといった調子で発生するのだ。
そのたびに社員IDやパスワード、個人フォルダの作成などに追われて、なかなか本来のシステム保守に関われずにいた。せっかく主任になったというのに、やっていることは以前と変わらないのはどうしたものか、と思わないでもなかった。
まあ、社員情報の管理も重要な仕事には違いないから、ある意味しかたない。それに今日のその手の作業は終わったのだし、午後からは本来の業務に携われるだろうとみづほは思った。
だがイレギュラーな事態は、いつやって来るかわからないもの。今日も例外ではなかった。
「須田さん、これ。来週から来る中途の人だから、ID作成よろしく」
昼休み明けに営業部の課長がやって来て、一言二言の説明のみで書類をひと揃え置いていったのだ。いつものことなので、またか、と内心では若干うんざりしつつも、表面上は穏やかに「承知しました」と返して受け取った。
さっさと終わらせてしまおう、とクリアファイルに挟まれた書類を手早く繰り、履歴書を見つける。記された名前を見て仰天し、思わず声に出してつぶやいた。
「……広野くん?」
ひろの、なおたか。
名前だけなら、同姓同名の別人の場合もある。しかし。
白黒コピーされた履歴書は顔写真がやや不鮮明だけど、記憶の顔の面影がある。そして今でも覚えている生年月日、さらに大学名と学部。これだけ一致していたら、別人と考えるのはむしろ無理な話だ。
7年前の、彼との特別な記憶がよみがえる。
彼はまだ覚えているだろうか──それとも、たった一晩の相手のことなんか、忘れてしまっただろうか。けれど自分は覚えている。大学を卒業してからでも、一日たりとも忘れた時はないくらいに。
だからこそあれからの7年、顔を合わせることはおろか、会うことすら極力避けてきたのに。
「……なんで、今さら」
周りに聞こえないように、みづほは一人ごちた。