ポンチョを掴む手に仲介人の指先がそっと触れる。寒空に晒された、酷く凍えた手からは体温など感じるはずもなく、手首、肘、二の腕までなぞられ、そっと小太郎の首元に添えられた。キャスケットから見えた、鋭い目がぎらりと光る。

「止めた方がいい。君が生かされているのは彼女のおかげなんだよ。つまり、君がいなければ彼女はこんな取引をせずに済んだ。……彼女が守った命を、今ここで無駄にするかい?」
「……どういう、ことだ……?」
「そのままの意味さ。君が死ねば、彼女のしたことは意味がない。今度こそ自分から車道に飛び出すだろうね」

 首元に手を添えられているだけなのに、首が締まっていく感覚がした。ゆっくり、じわじわと冷たい指先が気道を潰していくようだった。今すぐその手を振り払って逃げたかった。

 でもここで逃がしたら、いつまた仲介人が現れるかわからない。人間かどうかもわからないこの人物だけが、凛花の失った記憶を取り戻す唯一の手掛かりなのだ。仲介人の言うことすべてを聞いて考えている余裕はすでにない。

 このチャンスを逃してはならない。――その一心でポンチョを掴む手の力を強めた。

 緊迫した空気が張りつめる中、ゴンドラが頂点に到達する。それを見て仲介人がフッと笑うと、俺の首から手を離した。

「なんてね。冗談さ。君も手を離してくれるかい?」 
「……お前が凛花の記憶を戻してくれたら、すぐにでも離してやるよ」
「困ったな。まず君が彼女の真意を見つけてくれないと何もできない。話はそこからさ」

 おどけた様子を見せる仲介人を前に、黙ったまま睨みつけた。そのしつこさに呆れたのか、仲介人は大きく肩を落した。

「仕方がない。一つだけ教えてあげよう。彼女は人には言えない悩みを抱えていた。しかし、唯一彼女の悩みを知っている人物がいる。茶化すような口ぶりをしていたから、言われた当人にはそれがいかに重要であるかは気付いていないかもしれないけど」
「それと記憶が失ったこと、事故に遭ったこととどう繋がるんだよ?」
「何度も言わせないでよ。抱えていた悩みに気付き、事故を調べれば自ずと答えが出てくるんじゃないかな。……君はつくづく面倒な人間だね」