凛花の記憶の中には自分がいない。仮に思い出せたとしても、忘れたいはずの事故の記憶まで蘇ってしまうかもしれない。

 だから俺は忘れたままでいてほしいと願った。ただ生きていてくれたらそれでいいとさえ、願ってしまうほどに。

 少なくとも凛花が事故に遭ってからの約三ヶ月、自分を守ることを優先していたからこそ、今の現状がいかに自己満足で作り上げたものだと実感が湧いてくる。それがハリボテでできた城と同じ、ただの建前だけであることは薄々気付いていたはずだ。

「――オイ溝口ぃ!」

 突然呼ばれてハッとし、前を見る。いつの間にか佐山が前に立っていて、なぜかムッと怒った顔をしていた。凛花と青山は先に行かせたらしい。

「お前、本当に大丈夫? 具合悪いの隠してたりとかしてねぇ?」
「し……してない」
「何だよそれ。……まぁ、大丈夫なら信じるけどさ、何考えてた?」
「別にたいしたことじゃないよ。ただ、こうやって誰かと遊びに行くって、明日できるかわからないもんなぁってしみじみ思ってただけ」
「……森田の奴、夏休み中ずっと塾通ってるらしいんだけど、溝口が参加するって聞いて、今日だけ両親に頭下げて休んだんだって」
「……え?」
「それくらい溝口と遊びたかったんだよ、俺達。だからそんな辛気臭い顔してんじゃねーよ」

 佐山がそう笑って言うと、俺の背中を押して二人の後を追った。

「古賀ちゃんたち、コーヒーカップに行くって言ってたから俺達も向かうぞ! ぐるんぐるん回してやるから覚悟しとけよ」
「えっ!? ちょっと待て、酔いやすいの知っててやるとか鬼畜かよ!」
「うるせーっ! 黙って付き合っとけ!」