このルートを知ったのは中学の頃。俺が寝坊して慌てて家を飛び出したとき、一本道を間違えたことがあった。
　まさか先に家を出た凛花が乗る同じ電車に間に合うとは思わなくて、「途中までおじさんに乗せてきてもらったんでしょ？」としつこく聞いてきた凛花に教えた。人の敷地を無断で通った時間短縮の道ではなかったから、朝が早い日は彼女もたまに使っていたらしい。きっと今の凛花が初めて来た気がしないのは、俺が教えたルートだからだ。
　すると凛花は急にその場に止まって俺に言う。

「溝口くんにとって、凛花(・・)は前の私なんだね」
「は……？」
「だってそうでしょ？　さっきまで私のこと古賀って呼んでたのに、思い出話をするときは凛花って呼んでるの、気付いてないと思った？」

　凛花に指摘されて思い返す。無意識だった。自分でもそんな分け方をしていたなんて。
　俺が眉をひそめていると、凛花もその異変に気付く。

「もしかして……気付いてなかったの？」
「……全く」

　中学生になってから人前で「凛花」と呼んだことはなかった気がする。幼なじみであることをクラスメイトに知られた時、付き合っているのかと勘違いされたことがあった。それ以来、紛らわしくなって「古賀」と呼ぶようになり、知らぬ間にこれが染みついてしまっていた。

「ごめん、そんなつもりはなかった」
「……そっか。うん、大丈夫だよ。急に立ち止まったりしてごめんね、行こう」

　そう言って凛花はまた歩き出す。ふいに見せた傷ついた顔が、事故直前の姿と重なった。今いる彼女も、俺が知っている凛花も同じ一人の人間なのに、いつの間に別の人物と認識していたんだろう。

「――凛花」

　絞り出して呼んだ声は、いつになく震えていた。か細くて聞き取れなかったかもしれない。
　それでも彼女は少し驚いた顔をして振り返った。

「なに？」
「……えっと」

　突発的に呼んだから、何も考えていなかった。頭をフル回転して探してもきっと言葉はみつからないから、思ったことをそのまま伝える。

「呼び方がどう変わろうが、俺はずっとお前が大切だったよ」
「え……？」
「……やっぱ今のなし」
「え、待って！　なしじゃなくて、詳しく教えて！」

　何を言っているんだ俺は。

　凛花を置き去りにしてさっさと先に進む。後ろから追いかけてくる彼女を横目で見れば、顔がいつになく真っ赤に染まっていた。