「え?」

 自分の失態に気付いて、俺はその場で固まった。以前と同じように、二人で買い物をしている雰囲気に流され、無意識に彼女のことを名前で呼んでいた。

 傍から見れば、別にそれが悪いことではない。でも凛花が記憶を失って以来、俺はずっと『古賀』と名字で呼び続けてきたのだ。
 事故の記憶と共に思い出させないように、わざと遠ざけて関わらないようにしてきたのが、一瞬でおじゃんになってしまう。でも焦っている頭では、言い訳も考えられない。
 引きつった笑みが戻せず、固まったままの俺を凛花がじろっと見てくる。
 一瞬驚いた顔を下のも束の間、次第に「何で教えてくれなかったの」と言いたげな目をしていた。

「やっぱり名前で読んでくれてたんだね? そっか、私は溝口くんから名前で呼ばれていたんだぁ」
「い、いやその、今のは――」
「もしかして私も溝口くんのことを名前で呼んでた? 私も名前で呼んでもいい?」
「ちょ、落ち着いて」
「小太郎くん……いや、この際、新境地を開拓しちゃってこたちゃんとかどうかな? それともみっくん?」

 何のための新境地だ。

「……ネーミングセンスは、記憶が無くなっても壊滅的だな」
「え? そんなに酷い?」
「小学生の時に飼っていたハムスター、覚えてるか?」
「はむ……私、飼ってたの?」

 きょとんとした顔で聞いてくる。亡くなったときは号泣して、庭先に立派な墓まで作っていたのに。

「二匹飼ってた。学校でいろんな奴に自慢してたんだよ。言っておくけど、仲が良かったからとかそういう理由じゃなくて、名前が『こしあん』と『つぶあん』だったから覚えていただけだからな」

 当時の凛花いわく、丸まった時の格好が大福に見えたらしい。
 凛花は先程よりも顔を真っ赤にした。

「そ、それ本当? 溝口くんのセンスじゃなくて?」
「なんで人様ん家のハムスターを俺が名付けるんだよ……きっと、その時食べてたおやつが大福だったんだろ」
「わ、私のセンス……って、なんでそこまで知ってるの?」
「お前が自分で言ってたんだよ」

 想定外のところで自分も恥ずかしい話が出てくるとは思っていなかったのか、凛花はその場で項垂れた。少し茶化しすぎたか、と目を逸らすと彼女が見ていたアイスコーナーが視界に入った。