駅近くにあるゲームセンターの前で二人と別れると、凛花と俺はホームに入ってきた電車に乗った。
 車内は帰宅ラッシュで席こそ埋まっていたが、立っている分には充分なスペースがあった。ここから約三十分揺られ、電車を降りて徒歩二十分。あわせて五十分という長い時間を二人で過ごすことになる。

 いつもなら音楽を聴いたりゲームをして過ごす時間も、誰かと一緒だと何をしていいかわからなくなる。とりあえず週刊誌の中吊り広告を見ていると、凛花が声をかけてきた。

「ねぇ、溝口くんのこと、名前で呼んでもいい?」
「急すぎる……なんで?」
「だって名字で呼ぶのって距離を感じない? 家が近くて、お父さんたちが知っているってことは、幼なじみとはいかなくても同じ小学校に通っていたんじゃないかなって思ったの。ほら、小学生の頃は名前で呼んでたけど、だんだん周りに茶化されて名字で呼ぶようになったとか」
「それは――」

 周りなんか気にするなとか言って、茶化してきた男子を全員スルーしたのお前じゃん。

 ……と、喉まで出かかっているのを必死に飲み込む。記憶を失くしている彼女にこんなことを話したら、もっと腹を探られそうだ。

 苦い顔をしていると、凛花が重ねて聞いてくる。

「それは、の続きは?」
「……人によるだろ。つか、近所だからって仲が良かった訳じゃなかったぞ。そんな奴らが名前で呼び合うか?」
「うーん……でも仲が良くても名字で呼ぶから、ありえるでしょう?」
「根拠がない」
「今からでもきっと間に合うよ」

 何を言っているんだお前は。
 中吊り広告から視線を凛花に移す。電車の窓から差し込んだ夕日が、彼女の頬を照らした。 

「私に、溝口くんのことを教えて?」
「……はぁ?」
「だって覚えてないんだもん」
「だもん、じゃないよ。楽観視しすぎ――」
「してないから聞いてるの」

 いつになく真剣な目で、真っ直ぐこちらを見て言う。
 事故に遭って一部の記憶を失くした恐ろしさは、当人にしか分からない。悩みに悩んで、ようやく接することを決めた彼女のその笑顔は、ただの強がりなのかもしれない。楽観視なんて安易に言える状況じゃない。少しでも羨ましいと思った自分が憎い。

「……悪い、今のは失言だった」
「いいよ。その代わり、ちゃんと私の質問に答えてね?」
「質問?」
「そう! 一問一答形式なら簡単でしょ? まずはね――」