――くん
 ――…ぐちくん

「溝口くん、起きて!」

 誰かが呼ぶ声で目が覚めた。いつの間にか机に寝そべっていたらしい。
 上体を起こして辺りを見渡すと、今いるのが横断歩道ではなく、普段と変わらない教室で自分の席に座っていることに安堵した。黒板の上に掛けられた時計はすでに五時を回っており、ホームルームが終わってから一時間は経っていることに気付く。
 教室はがらんとしている中、目の前で心配そうにこちらを見ている人物――記憶を失った凛花だけが残っていた。

「大丈夫? 具合悪い?」
「……何してんの?」
「何って、本当に大丈夫? ホームルーム中、ずっと声をかけているのに気付かないから無視されているのかと思ったんだよ?」
「そうじゃないけど……俺、寝てた?」
「寝て……たのかな? ボーッと遠くを見ていたよ。でもすぐ机に突っ伏していたから、気絶してたのかなって皆で話してた」
「……そう」

 相槌を打ちながら、ワイシャツの袖口で頬を伝った汗を拭う。寝ていたというより、数時間の動画を見せられている気分だった。夢にしては随分現実味を帯びていて、後味の悪い終わり方と、最後の言葉のせいで吐き気がする。

 ――『あの日、ここで事故に遭うのは彼女じゃなかった。実際に事故に遭う人物は彼女にとって、とても大切な人だった。失いたくないと願ったからこそ、彼女は自ら命を投げたのさ』

 仲介人の話を鵜呑みにするつもりはないけど、あの瞬間、事故に遭う直前の凛花の姿が見えた。
 彼女の「誰にも言えずに抱えていた悩み」と「誰かの身代わりになった」のが、どうして繋がるのか全く持ってわからない。これが事実だと言いたげに仲介人の影がちらつくと、無性に苛立つ。

「溝口くん、本当に大丈夫?」

 ずっと黙っていると、凛花が顔を覗き込むようにして見てくる。
 ふと、彼女から秘密とやらを聞き出せるのではないかと都合のいい話が頭を過ぎるが、すぐに振り払った。青山に反論した手前、病み上がりの彼女に無理強いをするわけにはいかないし、関わるのは避けるべきだと断言したばかりだ。 

 それに他に何を忘れているのかがわからない。もしかしたら秘密というのも、隠されたまま失ってしまったのかもしれない。

「大丈夫だから、気にしないで」
「ならいいけど……」