そう願うのを余所に、凛花は腑に落ちない顔をして渋々口を開いた。

「……そっか。それなら……うん。そうするね」
「……ん?」

 そうするね、とは。

 嫌な予感を察したときにはすでに遅かった。
 凛花は突然、俺の腕に抱き着くようにしてしっかり掴むと、教室にいる全員に向かって言う。

「私、事故の影響で記憶が一部分だけありません。事故のことも覚えてません。でも溝口くんは絶対、私を傷つける人じゃない! もし彼を責める人がいるなら、私が許さないから!」

 コイツ、やりやがった……!

 大胆な凛花の宣言を受けて、言葉を失って開いた口が塞がらないクラスメイトたちが困惑する中、俺だけが頭を抱えて唸った。

 直前に察した嫌な予感は、小学生の頃、引きこもっていた時に凛花によって強引に学校に連れていかれたときによく似ていた。あの時もクラスメイトに向かって『小太郎をいじめたらわたしがゆるさないんだから!』と啖呵を切っていたのは、今でも鮮明に覚えている。

 記憶がないからこその言動なのかはわからない。困惑する中、内心安堵している自分がいて思わず溜息をついた。

「お前……自分で何言ったかわかってる? 記憶喪失なの隠してたんじゃないの?」
「隠してないよ。勝手にお母さんが黙ってただけだもの。……私、早く溝口くんのことを思い出すから、ちょっとだけ待っててね」

 満面の笑みを浮かべて彼女は言う。無理やり学校に連れていこうとした時の、活き活きとした表情が重なって見える。その時も同じことを思ったっけ。

 彼女には一生かけても敵わない、と。