「ごめんなさい!」
「な、にしてんの……なんでお前が謝るの?」
「そ、そうだよ! 古賀さんが謝る必要ないじゃん! どう見ても溝口くんが悪いよ!」
彼女の予想外の行動に、周りのクラスメイトがざわつき始めた。佐山と森田が制止しようとするが、ブーイングは鳴りやまない。
それでも彼女は頭を上げなかった。
「ううん。せっかく来てくれたのに、あんな言い方はなかった。本当にごめんなさい。私が眠っている間、お見舞い来てくれてたんだよね? お父さんから聞いたの。それなのに……」
ああ、そういうことか。
ずっと感じていた違和感の正体が分かった。
いくら病み上がりでも、おどおどしている彼女はかえって気味が悪い。眉を下げて申し訳なさそうにする凛花が、俺は嫌いだった。
「……俺のこと、覚えてる?」
小太郎がそう問うと、一瞬だけその場から音が消えた。
凛花は顔を上げて、きょとんとした表情で答える。
「『溝口くん』だよね? 同じクラスで、仲が良かったってお父さんが言ってた」
それを聞いて、その場にいた誰もが困惑した。特に凛花は、何かと小太郎に話しかけることが多く、クラスメイトのほとんどが名前で呼んでいたことを知っている。
「古賀さんって、溝口のことを名前で呼んでなかったか?」
「確か……」
「え? そうな――」
「いいや、呼んでないよ」
周りの声を遮って、彼女の言葉に動じることなく続ける。
「俺はお前の事を『古賀』って呼んで、お前は『溝口くん』って呼んでた」
すべて受け止めたわけではない。事前に聞いていたとはいえ、自分の存在が、一番近い彼女から消えてしまったことがショックで、胸の真ん中に穴が開いたようだった。それでも病み上がりの彼女に、これ以上謝らせたくはない。
「俺はただのクラスメイトだ。あの日一緒にいたのも偶然だし、見舞いに行ってたのはその場にいたから。……クラスメイトとはいえ、あんな場面を目撃したら心配にもなる」
「……溝口くんと私は、クラスメイト」
「そう。ただのクラスメイト」
これでいい。
これ以上、凛花が自分に関わってこなければいい。幼なじみという腐れ縁を断ち切って、遠くに行ってしまえばいいと思った。そうすれば後悔も未練も全部捨てられる。