――そんな考えが頭の中を過ぎると、思わず頭を振った。
他人に擦り付けようとするなんて最低だ。
「な、古賀ちゃんだろ?」
「本当だ。いつ来るかは先生もわからないって言ってたのに。溝口は知ってたのか?」
「……し、知らない」
あの日、車道の上ではピクリとも動かず、管に繋がれて眠っていた凛花が、以前と変わらず笑顔で接している。
あの事故は夢だったんじゃないか。
事故に遭う前の事はしっかり覚えているのなら、自分のことも覚えているんじゃないかと、希望さえ抱いてしまいそうになる。
しかし、途端に目覚めたときに問われた言葉が浮かんで、一気に現実に叩きつけられた。
彼女は事故に遭って眠っていた。俺のことは全く覚えていない。――その事実は、どうあがいても変わることはない。
すると、ふいに凛花と目が合った。
普段と変わらないはずなのに、どうしてか病室で目覚めたときと同じ違和感が襲う。
凛花はすぐさま人混みをかきわけて俺の前にやってくると、ホッとしたように微笑んだ。
「やっと、会えた……。あなたが溝口小太郎くん?」
「…………え?」
耳を疑った。記憶を失くしているのに、俺のフルネームを言えるわけがない。仮におじさんあたりが教えたとして、今の自分には凛花と会う資格なんてない。
目の前にいる彼女は、守れなかった彼女だ。
痛くて苦しくて、一時は死まで追いやられた彼女だ。
何もできなかったくせに、今更どんな顔をして会えばいい?
唐突に現れたついでに、嫌味の一つでも言ってくれたらいいと思った。自分のせいで怪我をした、怖い思いをしたと、何度も突き刺すように責め立ててほしいと思った。
そうすれば、未だに引きずっている黒い感情も、すっかり慣れてしまった周りの冷たい視線にも全部に諦めがつく。
しかし、俺が考えていることとは裏腹に、凛花は勢いよく頭を下げた。