撮影中のスマートフォンが別の方向に向けられて胸を撫で下ろすと、突然机にバンッとノートが叩きつけられた。驚いて見れば、困った顔をした佐山裕也が、勢いよく頭を下げてくる。
「溝口頼む! 数学の宿題写させて!」
「……え、数学?」
「そう! 昨日の授業でやってた公式で、三十五ページ解いてこいって言われてたじゃん!」
佐山は絵にかいたような勉強嫌いだ。いつも宿題を忘れ、俺に頼み込んで写すことも少なくはない。
しかし、今回に限っては違った。
凛花の事故のことでいっぱいだったのか、俺自身が宿題のことなどすっかり忘れていたのだ。微かな望みをかけて授業ノートを開くが、何も書かれていないまっさらなページが現れる。サーっと血の気が引いたのが分かった。
「……わ、すれてた……!」
「うおおい!? マジで? ちょ、森田! お前ならやってるよな?」
少し離れた席でスマートフォンを見ていた森田亮に声を掛けると、彼は自慢げにノートを開いて見せびらかした。指定された問題は途中の式までしっかり書き込まれている。
「森田あああ! 頼む、俺達に恵んでくれ! あと授業用のノートも!」
「ジュース一本な。溝口も写すなら早くしろ」
森田は席を立って俺の席に来ると、なぜかノートで俺の頭を軽く叩いてから机に広げた。
宿題の他にも、要点をまとめた授業ノートも受け取って書き写そうとしていると、向こうで動画をまわしている学級委員の女子が佐山と森田だけを呼ぶ。
「佐山、森田くんー! メッセージ動画撮るからこっち来てよ!」
「あー悪い! 俺達今大ピンチだから!」
「撮るなら溝口も一緒な。そうじゃなかったら俺達抜かして。別に古賀と仲良いわけじゃないし」
「なにそれ……古賀さんのためにやろうって気にならないワケ!?」
「だったら尚更クラスメイトを省くんじゃねーよ。反吐が出る」
「口悪っ!……でも俺も森田に賛成! 撮るなら溝口も入れて三人にしてよ。よろしく!」