凛花が目を覚ましてから、病院に行くのを止めた。

 翌日から事故前と変わらない様子の彼女は、自分の名前や年齢、学校や仲の良い友達のことも間違えることなく口にできた。

 しかし、昔のアルバムを引っ張り出して見せても、彼女の口から「溝口小太郎」に関することは一切出てこなかった。自分の事を忘れてしまった彼女に、どう接するべきかわからなかった。

 何よりせっかく目覚めて上機嫌だったおばさんが、記憶喪失の疑いを医師から言い渡された途端、俺を病室から追い出したのだ。

「あの子があなたを忘れたのは、あなたに突き飛ばされて怖い思いをしたからよ! もう二度と凛花に関わらないで!」

 バシン、と音を立てて閉められた病室のドアを前に、柄にもなくショックを受けてその場に立ち尽くした。話を聞いてもらえる状態ではなく、おじさんがいくら説得しても聞く耳を持ってくれなかった。

 学校で朝のホームルームで凛花が目覚めたことだけを担任教師が伝えると、教室は歓喜に満ちた。

 ただ、記憶喪失については一切触れられなかった。もしかしたら、教師にもまだ説明されていないのかもしれない。

 そんなことも知らないクラスメイトは、せかせかと作った折り鶴と一緒に、急遽メッセージ動画を渡そうと言い出した。休み時間を使って学級委員が中心となり、何人かが集まってスマートフォンで撮影していく。

 女子生徒から始まり、近くにいた生徒を巻き込んで、レンズに向かって一言メッセージを送る。

「じゃあ次は男子――」
「あ、こっちは映っちゃうからだめだよ。そっち行こう」

 撮影用のスマートフォンを持った女子が、俺を見て避けるように他の生徒の元へ行く。

 事故から時間が経っていても、校内にはまだ「小太郎が凛花を突き飛ばした」という噂が流れている。否定しても信用されないとわかっていて黙っていたが、それが仇となってクラスで浮いた存在になりつつあった。