発案は仲介人だった。何でも渡すと言ってしまった手前、言われてしまえば要求を呑むしかない。強いて言えば、バニラアイス限定にしてくれたことは最大の考慮だったかもしれない。アイスを食べずに生きていくことはできるけど、俺にとっては大切なものだ。

 ただ、本当にそれだけでいいのかと訊けば、「充分だ」と一点張りで譲らなかった。そもそも予知夢を食べること自体が御馳走のようなものだと言う。

 そこでふと、仲介人が凛花の記憶からバニラアイスを消さなかったことを思い出した。指摘した時は随分怒っていたから触れないようにしていたけど、改めて訊いたら「ああ、そのことね」とくいっとキャスケットを上げて得意げに言った。

 ――「バニラアイスに罪はないだろう?」

 最初から仲介人の手のひらで踊らされていたような気分になった。良いように言い包められた気もしなくもないが、何より初めて見た仲介人の顔が衝撃的で一気に吹き飛んでしまった。

「あれは……反則だったな」
「仲介人の顔を見たの? どうだった? やっぱり口って三日月みたいだった?」

 ぐいぐいと迫って訊いてくる凛花は、ついさっきまで泣いていたとは思えないほど元気だ。他人のプライバシーだからと言うとまた不貞腐れた。コロコロと表情が変わるのも、たった数時間離れていただけなのにどこか懐かしく思えた。

「でもいっか! 小太郎も戻ってきたし、さっちゃんたちには明日報告しよっか」

 凛花が大きく伸びをする。明日になればきっと青山に怒鳴られて、佐山たちに笑われるんだろう。俺と凛花が二人して苦笑いするのが容易に想像できた。青山はともかく、佐山や森田、牧野にはなんて説明するつもりなのか。唐突に話し出す凛花のことだから、ある程度口裏を合わせておくべきかもな。いくらなんでも「仲介人と名乗る謎の人物が~」と説明されたらどうしようもない。夢が好物のバクがどうして人間に干渉したのかを「好奇心」の一言で終わらせてしまう程、俺たちは仲介人の存在を知らなさすぎる。

「小太郎? どうしたの?」

 ふと、顔を覗き込むようにして凛花が訊いてくる。もう俺のことを「溝口くん」と呼ぶ彼女はいない。ここにいるのは、幼い頃からずっと一緒に育ってきた凛花だ。

「ごめん」
「え?」
「ずっと悩んでたの、気付けなくてごめん」
「……ううん。私もごめん。予知夢のことを話したら、小太郎が離れていく気がして言い出せなかった。こうなったのは私が勝手に動いたからで……小太郎も、さっちゃんたちも巻き込んじゃった」

 二人に嫌われると思ったから、と小さく呟いてそっぽを向く。ずっと隠し事をしてきた罪悪感に押しつぶされているように思えた。

「誰もお前に巻き込まれたなんて思ってない。……俺も、お前が助けてくれたからここにいる」
「小太郎……」

 いつか、君は離れてしまうかもしれない。
 もしかしたらずっと一緒にいるかもしれないし、大切な人ができるかもしれない。それでも嬉しいときも悲しいときも、どんなときだって隣にいるのは俺がいい。

 何年も抱えていた想いも、助けられなかった自分の弱さもすべて受け止めて向き合うから。

 もう二度と自分のせいで失わないように。彼女が後悔しないように。

「凛花、聞いてほしいことがあるんだ」

 恰好つかないかもしれないけど、お前が笑ってくれるといいな。

 瞬く星で覆われた夜空にほんの一瞬、一筋の光が流れた気がした。