ニヤリと歪んだ三日月の口元を見て、私はぎゅっと拳を握る。そして自分のスマートフォンだけを持って部屋から飛び出した。

「凛花、どこに行くの?」

 バタバタと階段を降りてきたことに驚いたお母さんが玄関先で引き留める。目元が若干腫れているのが見えて、自分が酷いことを言ったと痛感した。リビングに繋がるドアから、帰ってきたばかりのお父さんが顔だけを覗かせていた。

「小太郎のところ?」
「…………」

 何も答えずにいると、お母さんが小さく溜息をつく。また何か言われるんだと身構えて俯いた。

「行ってらっしゃい」
「……え?」
「遅くならないように、一緒に帰ってきなさいね」

 空耳かと思って顔を上げる。いつになく真っ直ぐ私を見てくれたお母さんは、受験の合否発表に送り出す時と同じ笑みを浮かべていた。きっとお父さんと何か話したのだろう。お母さんの後ろでお父さんが小さく笑う。

「……っ、行ってきます!」

 踵のすり減ったローファーを履いて家を飛び出すと、街路灯が灯る道を駆け抜けた。辺りはすでに暗くなっていて、帰路につくサラリーマンを何人か追い越す。

 仲介人がなぜまた私の前に現れたのか、なぜ小太郎が帰ってくる場所の目星を教えてくれたのか。聞きたいことは沢山あるけれど、今の私には小太郎のことで頭がいっぱいだった。

 電話で小太郎は『バニラよりラムネが好きだったんだよ』と言ったのは、彼なりのヒントなのかもしれない。それほどまでに私と小太郎にとってバニラアイスは特別で、私たちを繋げてくれた大切なものだ。それを一緒に食べた場所は、学校周辺を省いて二か所。一つは小太郎の家。前を通ったときに電気がついていなかったから、電話で聞いた通りご両親は二人とも居ないのだろう。

 だとしたら、もう一つの場所――。

「……っ、あった!」

 家から五分ほど離れた場所にある小さな公園。昔はもっと広くて遊具も充実していたけど、住宅街計画が進行し、半分以上の土地が家の一部や駐車場になった。今はフェンスで囲まれ、子供用のブランコが二つと砂場、シーソーが一台あるだけのこじんまりとしたものになっている。小さな子供を持つ親が、同い年の友達を引き連れて一緒に遊ぶには物足りないかもしれない。

 乱れた息を整えながら、公園に足を踏み入れた。年季が入ってきた街路灯の黄色い光が照らしている。隠れる場所がないほどスッキリした公園に、私以外の人影は見当たらない。夜になって涼しくなったからか、ひんやりとした風がブランコを小さく揺らす。