――「俺の前から消えんなよ。……頼むからさ」
記憶を失くしてすぐ私から一緒に帰ろうと誘った時だ。階段を踏み外して心配かけまいと笑った私に、小太郎がいきなり怒ってかすれた声で縋るように言った。
たかが一段下がっただけで視界から消える私を、彼はどんな思いで手を伸ばしてくれたのか。どんな思いでその言葉を呟いたのか、今ならわかる。突然目の前から人が消える恐ろしさを、自分の無力さえも彼は痛感した。
「そうやって大口を叩いた溝口本人が、自分から消えるようなことはしない。それは俺よりも古賀ちゃんの方が知ってるはず。だからさ、えっと……つまり、なんだ」
「まとめてから話せよ。要は溝口のことを信じてろってことだろ」
「そうそれ! さっすが森田!」
「あのね……漫才してる場合じゃ……」
さっちゃんが呆れたように溜息をつくと、ずっと握りしめていた私のスマートフォンが突然震えた。
慌てて画面を見ると、見たことのない電話番号が表示されている。基本的に使われている番号など無視された、アルファベットを組み込まれたそれに嫌な予感がして、おそるおそる通話に出た。
「……はい」
『――――』
「……? もしもし?」
『――凛花?』
電話越しから聞こえたのは、ずっと探していた彼の声だった。
「小太郎……?」