五月のあの日――小太郎を助けるために、仲介人は私に取引を持ち掛けた。
「ボクが【事故の後遺症を最小限で済むように細工】してあげよう。その代わりに、君の記憶にある【一番大切な人との思い出】をもらう。神様が決める人生とはいえ、ボクなんかが弄ったところで大きく変わるとは思えない。だから失敗する可能性もあるけど……どうする?」
キャスケットの下で笑う三日月みたいな口元が、ふいに悪魔のように見えた。それでも助かる可能性があるのならそれに賭けるしかない。その取引に応じることで、あの日を回避することができたのだ。
それ以来、小太郎との記憶を失くした私がどれだけ思い出そうとしても、寸前で弾かれてしまっていた。秘めていた想いさえも口にすることを許されない。
もう二度と思い出せない記憶――失った記憶だけでなく、失った後の記憶もすべて覚えているこの状況は、本来あってはならないものだ。それができるのは、記憶を渡した相手である仲介人しか考えられなかった。
それに予知夢は、絶対に三日後に当たるとは断言できない不完全なもの。たまたま今まで見てきた大きな不幸が三日後に当たってきただけで、この先ずっと三日後に起きるとは限らない。
だから最後に映った小太郎が恐ろしかった。場所はわからないけど、はっきり見えた横断歩道と信号機から出てきた靄が、小太郎に向かって伸びていた。
これが何かが起きる前兆だとしたら?
小太郎が事故に遭うこと自体が、最初から決められていた運命なら?
――神様なんて、大嫌いだ!
余裕がなかったとはいえ、何者かも分からない仲介人に助けを求めた自分が腹立たしい。ギリッと歯を噛み締める。するとさっちゃんが、私の目線に合わせるように屈んで言った。
「私を頼って。凛花」
「……さ、ちゃん……っ」
「見たのね?」
汲み取ってくれた言葉に頷くと、さっちゃんは私を優しく抱きしめてくれた。大丈夫だと言いながら背中を擦ってくれる。途端にボロボロと涙が零れた。望んでいない、こんな未来を見たくなかったから変えようとしたのに、私はどこで失敗してしまったんだろう。