コンコン、と近くで音がした。そっと目を開けると、真っ白なノートとシャーペンが乱雑に置かれ、机の端を仁王立ちをしていた先生がドアをノックするように叩いていた。
「ようやく起きたか、古賀。補習だからって居眠りはいかんな」
「……あ、れ?」
見渡せばそこは見慣れた教室で、いつもより少ない人数のクラスメイトが前の席に集まっていた。離れた席でさっちゃんが心配そうな表情をしているけど、私が起きたのを見てまたノートに目線を戻した。
少人数での授業なんてあっただろうか。補習ってなんのことだろう。
次々に浮かんでくる疑問に、ふと視界に入った黒板の日付を見て目を見開く。
八月。――あの事故から三ヶ月ほど経っていた。
「八月!?」
思わず立ち上がると、座っていた椅子がガタン! と後ろの机にぶつかった。先生も後ろの席にいた佐山くんも、ここにいる全員が同時に驚いて一斉に私に目を向ける。
「なんだ、どうした?」
「い、今って五月じゃ……」
「はぁ? 何を言っているんだ? 今は八月で、夏休み中だろ。補習だってお前が『入院中の遅れを取り戻す』って意気込んでいただろうが。もう忘れたのか?」
眉をひそめた顔で先生がそう言うと、ちょうどチャイムが鳴った。先生が教卓に戻って終了を告げる。このあとは十七時の完全下校時間まで帰宅しても、居残りで勉強していても良いように教室を解放するらしい。
先生が教室を出ていくと、参加していたクラスメイトがゆっくりと動き出した。居残る人は少ないようだ。
私は放心したまま、椅子に座るとさっちゃんが何も持たずにやってきた。
「凛花、大丈夫? 急に大声を出すなんてびっくりしたわ」
「さっちゃん……本当に今、夏休み?」
「そうだけど……この間一緒に遊園地行ったのも忘れたの?」
「遊園地……?」
突然、ズキッと頭に電流が走った。まるで内側から叩かれているような痛みに、思わず顔をしかめる。すると後ろから、佐山くんが自分のスマートフォンを見せてきた。
「覚えてる? 古賀ちゃんと青山が考えて、牧野ちゃんと森田を二人きりにさせる作戦を決行したの。俺と溝口はそのフォロー要員。おかげで牧野ちゃんは連絡先ゲットして、大成功だったんだぜ」