泣き崩れる母親に、俺は黙って頭を下げた。自分が突き飛ばしたわけじゃない。でも彼女を留められなかったのは自分のせいだと、痛いほどわかっていたから。

 何もできなかった自分が、憎い。

「――小太郎、顔を上げてくれ」

 おじさんが俺の肩にそっと手を置く。顔を上げると、真っ直ぐ見て言った。

「誰だって動揺する。その場にいなかったとはいえ、俺たちも心の整理ができていない。それはお前も同じだろう。今は凛花が生きている、それだけを考えてくれ」
「……なに言ってるんですか? おばさんの言う通り、俺が止めなかったから……」
「小太郎には凛花が飛び出すのがわかったのか?」
「それは……」

 答えられなくて言葉を濁す。アイスを買って食べていたときまでは、いつもの明るい凛花だった。

 突然空気が変わったとすれば、横断歩道の信号待ちの時だ。なんとなく嫌な予感がしていたけど、それが事故に遭う合図だったなんてわかるはずがない。
 おじさんは更に続けた。

「誰がいつ事故に遭うかなんて、誰にもわからないもんさ。それよりもお前は凛花の傍にいてやってくれ」

 頼んだぞ、と俺の背中に喝を入れるようにパシンと叩く。手が震えていたからか、音にしては弱いものだった。それを隠すように泣き崩れたおばさんを支えて病室を出ていく。

 静かになった病室に響くのは、凛花を繋ぐ心電図の機械音だけ。廊下では今も、おばさんの泣き縋る声が聞こえてくる。

 俺はベッドの近くに椅子を持ってきて座ると、凛花の手に触れた。