お互いに真剣な表情で見つめあっていた二人が、おそるおそる音が聞こえた方へ目を向ける。ベンチの下にあったのは、凛花が持っていたラムネアイスが棒だけを残して地面に落ちていた。

「…………あ、いす……」
「あー……」
「わ……私のアイスがあああ!」
「ってオイ! 地面に落ちたもの食べようとするな! 勿体ない気持ちはわかるけど!」
「だって、まだあんなにあったのに……久々のラムネアイスだったのに……!」

 先程の空気から一転、地面に落ちたラムネアイスを見て、凛花は顔を真っ青にした。

 まだあと半分も残っていたアイスが、いつかのように砂まみれになっている。別の意味で泣きそうな彼女に呆れながら、封を開けていないバニラアイスを差し出した。

「それは蟻にくれてやれよ。ほら。これやるから」
「でもバニラは溝口くんので……」
「……知ってるか? 『バニラアイスには頬が落ちる魔法がかかっているらしい』ぞ」

 魔法、と聞いて凛花の目が変わった。

 俺がその魔法を知ったのは、父さんからアイスを貰ったのがきっかけだった。
 当時、仕事続きでほとんど家にいなかった父さんが、久々に有休を取って息子と過ごすことになったのだが、人見知りを発揮して大泣きしたことがあった。どうしても泣き止まなくて困った父さんは、冷蔵庫に入れてあったバニラアイスを使ってあやす手を思いついたらしい。

『小太郎、知ってるか? バニラアイスにはほっぺが落ちる魔法がかかっているんだぞー』

 嬉しそうにアイスを食べた俺は、打って変わって大人しくなり翌日から催促するほどだったという。
 その時のことをなぜかはっきりと覚えている。きっと凛花にアイスを渡した時も、それを覚えていたからだろう。

 十何年経って今、あの時と同じ言葉を言った気がする。忘れていたわけじゃないんだけど、魔法なんてただの気休めだと、どこかで思っていたのかもしれない。

 凛花は困惑したまま俺の方をじっと見ていた。言葉の意味に気付いたのか、同じ光景を思い出したのかはわからない。それでも凛花の顔は次第に真っ赤に染まっていった。

「今のは、私を励ましてくれたの? それとも……」
「さーどうだろうな。お前の好きな人? 園児にしては随分キザな台詞だったな」
「どうして好きな人からアイスをもらったのが、保育園に入った後だって知ってるの? 私は保育園に入る前から一緒に遊んでいた男の子、としか言ってないよね?」

 最近の自分は口が軽い。そんなことを痛感していると、凛花は差し出したアイスではなく、なぜか俺の手を握った。

「何してんの?」
「溝口くんが逃げないように」
「だから逃げないって」
「私の気持ちを聞いても?」
「え……?」
「私は――」

 凛花がそう言いかけた途端、世界が暗転した。