「お前が泣いてるのに分からないって言うとき、大体不安な時が多いから。もしかして、幼なじみが親友に取られるとでも思ったのか?」
「…………」

 軽く鎌をかけて問うと、凛花は口をつぐんで視線を逸らした。

「……マジか」
「で、でも! 私はそれでもいいと思った。さっちゃんは私にとって大切な友達だし、二人が幸せになってくれるなら、私は誰よりも喜ぶ自信がある。……でもさ、私って溝口くんの記憶だけを失くしちゃったでしょ。記憶を失う前の自分が、それを望んでいなかったら私はどうしたらいいんだろうって……」

 記憶は身体と心でそれぞれ覚えていることがあるらしい。凛花が今、流した涙や焦りがどちらの記憶なのか。きっと凛花にも分からない。

「……泣きたいときに泣けばいい」
「え?」
「笑いたいときに笑えばいいって、お前が俺に言ったんだよ。だからお前もそうすればいい」
「私が、言ったの?」
「少なくとも、俺はその言葉に救われてたよ」

 指で弾いた凛花の額はほんのり赤くなっていた。汗で頬にくっついて口に入りそうな、彼女の髪を払いながら言う。

「俺はどこにも行かないし、明日もお前の隣にいる」

 仲介人から記憶を取り戻す必要はない。予知夢のことを忘れたのも、俺が事故に遭う夢を見たとするなら、忘れていることに納得できる。しかし、記憶を失くしても予知夢は見る。――そう考えたら、これ以上凛花が幼い頃の話を訊いてくるのなら、俺はある程度のことだけ話そうと思った。当人がいつか予知夢だと気付いたら、青山と共有しながら寄り添っていけばいい。

 それこそ予知夢を見ないように、これ以上凛花が苦しまないようにする方法があるなら、賭けたっていい。

 今の俺があるのは、凛花が救ってくれた命だから。

「……でも、大学は? 県外に行くって聞いたよ?」
「確かに県外の大学を受験するけど、別に一生帰ってこないわけじゃないし」
「でもそこで就職したら? 結婚したら?」
「さっきからお前はなんの心配をして――」
「私、きっと後悔する」
「は?」

 凛花は赤くなった目で見つめてくる。蝉の声がはっきりと聞こえるほど、しばらく沈黙が続いた。
 先に口を開いたのは凛花だった。

「私……溝口くんのこと――」


 彼女が何かを言いかけた途端――ぼとり、といった音が聞こえた。